第288話:悪鬼


 戦況は各地で動き始めている。


 怜司は死神を実質的に監視することに成功し、懐柔策を継続中。

 柳太郎は死神と交戦後、人形使いの無力化に成功。

 恵は管理局施設内で重要な情報を入手、更に解析を進めさせている。

 渡は管理局の職員の一部を救出。恵から情報を受け取りつつ、他の管理局員がいると思われる場所へと移動を開始。

 明璃は負傷し、現在は戦場を離脱中。

 燐花は表には姿を現さず災害の構図をまずは把握しようと努めている最中だ。


 エンプレス・ロア陣営側の勝利条件は、黒幕と見られる紅月の無力化及び捕縛。そして街を立て直す為に管理局の復旧である。


 無論、管理局の真実を明らかにした上で、新体制で災害の鎮静化に臨む。

 とは言っても屈指の戦闘力を持つ紅月の居場所さえもわかっていない現状では、非常に難しい条件と言えよう。



 鍵を握る人物は数名、その一人は真島楓人。



「早く逃げろ。こっちに逃げれば俺の仲間がいる!!」


 楓人は逃げ遅れた変異者と思われる人間や、数は少ないとはいえ一般人を救いながら戦場を駆け抜けていた。

 マッド・ハッカーの襲撃も何回かあったが、気絶させた上で立ち去るしかない。

 敵を捕縛した後、収監先はレギオン・レイドが賭博場を使用して仮設はしたものの、全員を収監して抑え込むだけの戦力も残っていない。

 よって、襲ってくる者は意識を刈り取る他にないのが現状だ。


 変異者と言えど、戦闘力が高い人間ばかりでなく戦闘向きでない能力もある。

 事前に多少の備えができる時間はあったとはいえ、変異者の間に強弱がある以上は犠牲が出るのは避けられない。

 せめて、この街を動かせるだけの人員がいれば別なのだが、管理局が崩壊した以上はレギオン・レイドとエンプレス・ロアだけが戦力だ。

 その他には、ハイドリーフに出来る限りの情報を流して貰うしかない。


 負傷した変異者も一般人も可能な限り救ってみせる。


 大災害の再来を思わせる光景に吐き気さえこみ上げるが、吐く時間があれば足が動く限り走って暴走する変異者を潰して回る。

 紅月が解放した変異者達は己の欲に従って戦いを続け、街に火種をばらまいているし、マッド・ハッカーや変異薬の影響もあって街は血の匂いで満ちていく。

 楓人や渡達だけでは広がっていく渦は止め切れない。


 爆音は続き、強力な変異者も何人も解き放たれているのがわかる。


 なぜ、あの男がこんな暴挙に出たのかを考えている暇はない。

 そして、次に響いた爆音を聞いた楓人は全身に広がっていく嫌な予感の理由に、ようやく思い至って血が凍る思いがした。



「近づいて、やがる……ッ!!」



 こちらに近付いているならば警戒こそしても恐れる理由はない。



 ―――近づいているのは、一般人を避難させた区画だ。



 それだけは絶対に許せない、ここからは今すぐに向かえば間に合うはずだ。

 考える前に動きながらも楓人は辛うじて自分の役割を思い出して、連絡が必ず通じる先としても残した燐花に向かう先は伝えておいた。

 用件を伝えると彼女はすぐに状況を理解して手短に話をしてくれる。


「了解。それと……明璃が離脱したわ。たぶん命に別状はなさそうだけど」


「そうか、レギオン・レイドで面倒見てくれてるのか?」


「そうね。私が容体については連絡を受けとくから、あんたは行って」


「ああ、そうだな……」


 仲間の負傷に心が揺れないはずはなく、許されるなら今すぐに飛んでいきたい気持ちを拳を握り締めて必死で堪える。

 彗に明璃、高い能力を持つ彼らが戦闘不能になるほどに傷付いてしまったのはリーダーである楓人の人材配備が適切ではなかったせいだと痛感していた。

 それでも、今できることは戦いを終わらせることだけだ。


“行こっか、皆を絶対に守らなきゃねっ!!”


 頼もしい相棒の声が内側に響き、楓人は力強く地面を蹴って跳躍した。


 楓人は自分を決して強い人間だとは思っていない。

 カンナがいなければ立ち上がることすらなかったし、今でも大切な人々を守れないのも誰かの居場所が失われるのも怖くて仕方がない。

 仮に他の誰かがやってくれたとしても、楓人自身が動かざるを得ないのは前回の大災害から生まれた楔であり呪いだ。


 だが、歪んだ呪いであろうとも。


 誰かの命を救い、居場所を守ることが間違いだとは絶対に思わない。


 黒の騎士はビルも歩道橋もお構いなしに駆け、走り、跳ぶ。

 みるみる内に音の方向へは近づいていき、レギオン・レイドと管理局が事前に手配していた脱出経路となる路線が見えてくる。

 その先には蒼葉市の外が広がっており、変異者達もここまでは追ってこないだろうと考えてのことだ。


 わざわざ蒼葉市郊外まで一般人を追ってくる変異者などいないと思っていた。



 そして、ようやく見えたのは未だに避難し切れない推定百は超える一般人。



 逃げ惑う人々の前には、たった一つの人影が立っていた。


 それは最早、人と表現していいか迷う存在だ。

 身を飾る装甲はほぼ全身に及ぶが、右半身を中心に装甲は纏われているだけで左半身は服を着た肉体が露出している部分が多い。

 頭だけは白骨を思わせる兜に似た装甲が全てを覆い、額には牙のごとく鋭く伸びる角型の装飾。面の中でくり抜かれた二か所には眼球が覗いている。

 人狼に似ている印象を受けはしたが、これは更にタチが悪い。


 人を喰らう悪鬼に似た変異者、もうこれは人ではない。


 怪物を前にした楓人は躊躇っている余裕はなく、カンナと力を連動させて漆黒の風を呼び出すなり眼前へと叩き付ける。

 一撃で仕留めなければこいつは危険だと、幾多の戦いの経験から直感していた。

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