第287話:捉糸
「さて、とは言ったものの……どうすっかね」
柳太郎は目の前に増殖し始める人形の群れを見渡すと柳太郎はこの相手を捕縛まで持っていく方策を編み出さんと思考を巡らせる。
今までは相手の能力の多様性から取り逃がしてきたが、今回ばかりはここであの男を止めなければ紅月に近づくことすら容易ではなくなる。
一人の変異者を打倒するだけで雑兵を大幅に減らせるのだから、これほど効率的に戦況を動かせる戦果はなかろう。
故に、柳太郎は万に一つも取り逃さない戦い方をする必要に迫られた。
目の前の人形兵は間違いなく処理するのに苦はないが、問題は西形本人の位置がわからない一点に尽きる。
消耗戦を挑めば不利になり、探知能力を持つ燐花もいないとあっては相手の場所を絞る方法もそうは思い着かない。
そして、思考を遮るように人形達は地面を蹴って柳太郎へ向かってくる。
糸を集結した刃で頭を両断し、続いて迫る敵を足を上げて蹴り砕く。
頭を潰されてなお人形達はまだ動きを止めない。どうやら、楓人から聞いていた話よりも遥かに個々の能力が強くなっているらしい。
この状況で隠れん坊を制するのは、いかに柳太郎といえど困難を極めた。
「……いや、待てよ」
仮面の中で柳太郎はふと、違和感に気が付いて呟く。
この変異者はどうやって柳太郎の動きを確認・対応しているのか。
人形を介して見ているとしても、これだけの数の視界を同時に脳で処理をしながら能力を行使するのは不可能と言ってよい。
「っし、確かめてみる価値アリか」
柳太郎は数十体の人形を前にしながら襲い掛かってきた二体の攻撃を身を屈めて躱すとそのまま、その場に立ち竦む。
回避を成功させたにも関わらず、隙を晒した二体を破壊せずに別の敵にも向かう素振りもない奇妙な動きだ。
人形側で動いたのは同時に前後の合計四体。対する柳太郎は鋼の腕による一撃を更に横に跳んで躱すと、今度は後ろへ下がって距離を取りに行く。
人形師も戸惑っているはず。柳太郎が急に戦意喪失したようにも見える。
彼の動きは微塵も衰えておらず、かと言って逃げる素振りもない。
横に逃げた先に更に別の人形が襲い掛かり、柳太郎はそれを剣で今度は打ち砕いて次の敵を迎えるなり、再び攻撃を止めて回避を繰り返す。
その手順を踏むこと数分、柳太郎は忙しなく思考を回転させ続ける。
「三体……ってとこか」
そして、彼の推測が確信に変わった時に白銀の騎士は動く。
握られた拳は彼が神経のように張り巡らせた糸へ意志を伝える、スイッチのオンオフをより簡単に切り替えるトリガー。
柳太郎が捕捉したのは、数多く積み重なる瓦礫の下。
三体の人形が捕捉され、容赦なく歪な形状の頭を瞬時に潰される。
相手が気付くのが先か、柳太郎が追い付くのが先か。
もう人形師のカラクリは完全に暴かれているのに、敵はどこまで勘付いたか。
柳太郎は走る、続く糸の先へ。
「見つけた……ッ!!」
ずっと解せないことがあった。
柳太郎が似たような能力を持っていたが故に、変異者だろうが人間が持つ脳の容量を超えた人形の使役が有り得ないと知っていたのだ。
例えるなら、大した最大容量もない回線に無数の端末が繋がれた状態。以前に見た人形程度の数ならいざ知らず、今日の数を使役するのは異常を更に超える。
能力が変異者の認識阻害と共有から成立している原理を考えれば、超遠距離から何の制約も受けずに大量の物体を操れる能力など有り得ない。
人の認識を捻じ曲げることで世界に干渉するには、少なくとも相手の認識に影響を与える範囲内にいなければならないのだから。
故に柳太郎が立てた仮説はこうだ。
どこかに変異者本人と回線のようなもので繋がっている人形が存在する。人形達は謂わば仲介役を経て指示を出されているのではないか。
物陰にいるであろうハブ役を炙り出す為に柳太郎は奇妙な戦い方をした。
どの人形にどこから指示を出して操っているのかを確かめたのだ。
柳太郎は回避を続ける内に突き止めた。
敵の逃げる方向に合わせて、動かせる人形には法則がある。
これはつまり、人形を動かす指示系統が固定されているということ。後はそこから逆算していけば、概ねの位置は突き止められる。
中継役を破壊したことで、人形達も一時的に敵を見失っている。
そして、いかに数体しか人形を操っていないとはいえ、柳太郎が追い付けないほど遠くからの使役はできまい。
みるみる内に柳太郎は人形から引かれている糸を辿り、操っている人間の方向までを瞬時に割り出すと駆ける。
西形からすれば、能力の本質を見抜かれる柳太郎はまさに天敵だ。
―――今更、新たなハブ役の人形を生み出しても遅い。
単独で動く西形を容易く捉える変異者がいようとは、紅月側も予測はしていなかったが故に、ここまで速く西形にとって最悪の形になった。
「お前……何でここが―――」
「ようやく会えたか。初めましてだな」
立ち塞がる人形も何の障害にもならない。
そして、柳太郎は西形の元に迫りながらもほぼ確信していた。
重要な役割を果たすはずのこの男に護衛すら着けていないのは、逆に探知に捉まりやすくなるからとも考えられる。
しかし、恐らくは。
この男は役割を終え、単なる時間稼ぎでしかなかったのかもしれない。
その時、二人とも知らなかった。
そこから遥か遠く、紅の王は味方だった男を切り捨てて往く。
「西形、お前は役に立ってくれた。せめて命は救おう。だが……もう会うこともないだろう」
足元で踏み締めるは彼が生み出した血の池だ。
紅月の足元には複数の人の死骸が転がり、彼らは管理局の幹部だったモノ。
渡よりも速く目的を達した紅月は静かに告げる。
「さあ、次は貴様だ。都市人類管理局長、御門」
管理局を潰すこと、それは紅月が抱いていた悲願の一つだったのだから。
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