第286話:操糸

 だが、研究者達はそれでも結論を下そうとしなかった。


 己の持っていた使命感か、使命を抱いた自分への陶酔が残っているのか、はたまた渡に情報が渡ればただでは済まないという自己保身のいずれか。

 正解がどれにせよ、渡には迷っている時間もないし結論を待ってやるほどお人よしに生まれてはいないのだ。

 自責の念も信念もなく、利用価値もない最も嫌いと言ってもいい人間達を前に渡は微塵の憐憫もかけずにその場を後にしようとする。


「もうお前らに用はねえ、勝手に野垂れ死ね。行くぞ、竜胆」


 この中に変異者らしき者は混ざってはおらず、本来は研究員を守るのに使われるはずだった変異者も脱走か暴走かのいずれかだろう。

 確実に死ぬとしても、渡は切り捨てるべきと判断した相手には容赦ない。

 元々、彼は自分の王国には屑はいらないと明言している男なのだ。


「エンプレス・ロアからも言われているのでしょう、我々を救えと。出来る限りの礼はしますし、失礼があったなら謝罪しましょう」


「寝惚けたこと言ってんじゃねえよ。俺が欲しいのは礼じゃない。今すぐに情報を全て渡すか死ぬか選べって言ってんだ。最後にもう一度だけ待ってやる。死にたくなけりゃ答えろよ」


 幾分か冷静な職員の一人が懐柔策に出ようとしたものの、渡は頑な交渉に応じずに拒めば見捨てると確信させる冷酷な目で彼らを見下ろす。

 この状況で渡の要求を拒めば、入口を破壊してしまった倉庫など隠れ家にもならずに侵入者に殺戮を許すだろう。

 もっとも、渡はこのまま籠る選択肢を消す為に荒々しい侵入をしたのだが。


「我々の命は保証されるということでいいのか?」


「護衛くらいは付けてやるよ。それで不満なら交渉決裂だ」


「……わかった、我々の知る限りではあるが情報を渡そう」


 先程の責任者と思われる男が決断を下し、渡はすぐに管理局にいるであろう片腕へと連絡を取って彼らから情報を得る準備を整えた。

 最初に渡が管理局へと貴重な指揮官である恵を送ったのは、後から得た情報を元に管理局を探る機会が訪れると確信してのことだ。

 システム関係にもそれなりに明るく機転も利く彼女を派遣した所からも、渡がいかに過去の大災害を洗うことを重視したかがわかる。


「お前はそのまま管理局を探れ。東棟、四階の奥に部屋がある。暗証番号を今すぐに確認しろ。すぐに人員を手配する、一時間で徹底的に洗え」


『はい、時間内で指示を出して別部隊に合流します』


「ああ、それでいい。移動の時は場所だけ俺に知らせろ」


 電話口の向こうで応答した恵に渡は職員から聞き出した暗証番号を伝える。


 そして、もう一度だけ電話をかけるとあらかじめ呼んでおいたレギオン・レイドの人員を、恵とすぐに合流させる手はずを整えた。

 渡とて、何をすべきかを考えずにこの戦いに挑んだわけではない。

 いざという時に備えてコミュニティー内を役割分けし、渡と補佐する恵が指示を出していく流れをレギオン・レイドは完璧に構築していた。

 その中でも別動隊として許される貴重な戦力が竜胆である。


 渡は護衛の算段を付けると後を竜胆に任せて移動を開始する。


 レギオン・レイドで長所でもあり短所でもあるのは、渡個人の持つ能力があまりに大きいが故に戦闘面でも彼の負担が増すことだ。

 だが、そんなことは彼自身も承知の上。遠くで崩れ落ちるビルの崩落を聞いて、渡はぎりっと奥歯を噛み締めた。



 その後、恵が衝撃の事実に直面しているとさすがの渡も知らない。



「そんな、まさか―――」



 恵はまだ探り始めた過去の大災害のデータを見て呆然と呟くしかなかった。

 大災害という未曽有の事件には、管理局を巡る誰かの思惑が絡み合った結果だとはわかってはいたものの。




 大災害とは、都市人類管理局による人災だったのだ。





 ―――そして、渡が情報を引き出した少し後のこと。



 怜司は死神と行動し、恵が情報を発見していた時。


 彼女と別れた仁崎柳太郎は新たなる戦いへと巻き込まれようとしていた。


 恵やレギオン・レイドの中でも精鋭が揃った管理局は人員が足りていると判断し、大きな戦力である柳太郎は再び市外へと戻っていく。

 町中に倒れる人間は変異者だけでなく、一般人であろう抵抗する間もなく殺害された無残な遺体も幾つかあった。

 避難しきれなかった市民の犠牲は前回の大災害とは比べ物にならないほどに少ないが、そんなことで柳太郎の怒りは収まらない。


「……馬鹿げたこと、しやがってッ!!」


 過去の災害の光景が脳裏を過り、柳太郎は唇を噛んだ。


 その時、視界の端をゴトリと何かが瓦礫を掻き分けて動く音がした。

 生存者がいるかと柳太郎は音がした方向に走るも、正体を見て舌打ちする。

 瓦礫と鋼の結晶染みた材質で出来た人形が、空洞になった目で柳太郎を見つめながら素早く身を軋ませて立ち上がった。

 こういった能力を持つ相手の話は聞いており、柳太郎も人形を操る変異者が今回の戦いで重要な役割を背負っていると理解していた。


 紅月側で不足する人員を一人で埋め、要人の身代わりや大勢の変異者の殺害を同時にやってのける物量を抱えた変異者。


「お前にもいい加減、ムカついてたんだ。ここで会えたのは感謝しとくぜ」


 人形を操る相手は見えないし、柳太郎の声が聞こえていなくとも構わない。

 どうやら柳太郎が出会ったのは人形を創造する変異者である西形という男らしく、紅月側について働いている敵だった。



「……お人形遊びはもう十分だろ」



 人形師と白銀の騎士、交戦開始。

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