第285話:制圧

 そして、廊下を歩く内に渡は足を止めた。


 廊下の曲がり角の向こうから奇妙な音が聞こえてきているのを、彼は鋭敏な感覚で察知して自分から危機に飛び込むのを避けた。

 さすがに竜胆も察したようで渡の一歩前に移動すると王を守る騎士のごとく、敵と終わられる来訪者を出迎える。


 すぐに奇妙な音の正体は知れた。


「あれは……っ!!」


 竜胆が息を呑んだのは当然、廊下の向こうから現れたのは以前に見かけた人狼型をした装甲型の具現器アバターを纏った異形の姿。


 それが、合計すると三体。


 三体の人狼は背中を曲げると、まるで敵を見つけた獣のごとく唸りを上げる。

 能力のほどは前回の敵と同様なのかは知る術はないが、渡と協力して当たるべき敵なのは明らかだった。

 竜胆は渡の前に立ち塞がって紅の刃を向けようとするのを渡は手で制すると、自ら前へとゆっくりと歩んでいく。


「渡さん、あの敵は……ッ!!」


「ああ?あのケダモノがどうかしたかよ」


 両腕に重なる黄金の爪を前に竜胆は大人しく道を開けた。

 渡とて敵の持つ力量を測れない程に愚かではなく、無謀な戦いを続けるほどに戦況を見られない男でもない。

 あの敵を彼は意に介さない、ただそれだけの話だと彼女も理解した。


 人狼の内、一匹が駅の床を蹴散らして渡へと牙を剥く。


 わずかに輝くのは黄金の光、そして渡に襲い掛かった人狼は胸部の装甲を叩き割られた上に強かに壁に叩き付けられていた。

 コンクリートの壁が容易く砕ける程の衝撃に、人狼はそのまま動かない。


「―――次、来ねえのか?」


 射抜くような獣染みた殺気に人狼達はわずかに恐怖を取り戻す。

 渡竜一は都市伝説に謳われた黒の騎士とさえ、互角の攻防を繰り広げた最強クラスの変異者である。その力は強力な能力を吸収していない人狼など、刹那の間に叩き潰して両者の差を本能に刻む。


 人狼とて相手の能力を吸収する力は健在だったのだろう。


 何かを渡の前でしようとするが、渡はそんな隙は一歩で潰す。

 その爪が振るわれたのはわずか二度に過ぎない。


「何を突っ立ってやがる。さっさと次行くぞ」


「わ、わかってる……」


 恐らくは変異者といえど数日は動けまいと確信するほどに、一撃でそれぞれ人狼達は装甲を破壊されて無様に叩き潰されていた。

 竜胆は改めて、レギオン・レイドを従える男がどれほど異様な存在かを改めて思い知らされることとなった。


 この男と黒の騎士が手を組んでいる、それ自体が異常事態だ。


「ここか、立てこもりやがって」


 目の前には電子錠で固く閉ざされた大型の扉、まともに破ろうとしてもそう簡単には壊れてくれないだろう。

 どうするのか、と目線を竜胆に向けられた渡は微塵も動じることはない。

 壁に手を当てると、一つ頷いて竜胆に目線をやる。


「離れてろ、破片が飛ぶぞ」


「えっ、まさか―――」



 そして、彼女が身を引くのを待って壁の一部が弾け飛んだ。

 壁は間違っても発砲スチロールなどではない。より分厚く作られたコンクリート製の人類が砕くなど有り得ない壁を渡は容易く自らの力のみで破壊していた。

 零れ落ちていく壁だった破片と舞い散る埃を吸わないように、渡と竜胆は壁の内部に侵入していく。

 積み荷や災害用の物資を保管しておく倉庫は、コンクリート色が剥き出しになった無骨な内装で、段ボールが数多く積まれている。


 そして、更にその奥のドアをこじ開けると目当ての人物達がいた。


 中年の男女、合計十名ほどが打って変わって、四方が白い壁の中で不安を表情に浮かべたまま椅子に座ったりと一息ついている所だった。

 管理局でそれなりのポストにあった人材や研究員がここまで避難してきたのはスーツの胸元の名札を見ればわかる。


「な、何だ……お前は―――」


「敵じゃねえ、レギオン・レイドの渡だ。話は聞いてんだろ?お前らを救いに来てやったんだ、感謝しな」


 突っかかってきた中でも一番若い男を睨み据えると渡は言い放った。

 レギオン・レイドと同盟関係であると楓人から伝わっているのは間違いなく、まずは彼らを味方につけるのが先決だ。

 しかし、渡とて今までに後ろ暗い事をしてきた彼らを、無条件で救ってやるほどお人よしに生まれてはいない。

 やや表情を緩めた彼らに対して渡は淡々と言葉を続けた。


「俺達はこれから騒動を潰しに動くが……その為には情報が必要だ。前回の大災害について、変異者の研究の成果。この辺りの情報を全て寄越せ」


「……そんなもの、部外者に渡せると思うか?」


 責任者と思われる白髪交じりの男が落ち着いた様子で渡に返答する。

 話に聞いている局長はこの中にはいないようだが、周りの態度からして発言力を持つ人物なのが伺い知れた。


「部外者の知らない所で好き勝手にやった結果、何人死んだと思ってる。お前ら、その辺の奴よりよっぽどいい殺人者じゃねえか」


 渡は鼻を鳴らすと、遠慮のない一言でその場に沈黙を下した。

 自分達のやっていることが研究の為だと、指示されただけだと言いながら働いていた歯車達に現実を突き付ける人物はほぼいなかったのだ。

 大災害が再び起きてしまったのは彼らの責任でもあると、薄々と感じながらもここまで逃げて来たのには思う所がある人間もいる。

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