第284話:別ルート

 この戦場では移動する手段は自分の足で動くしかないが、ただの人間が必死で走った所で移動距離など知れている。

 だが、変異者の中でも渡や竜胆級の身体能力があれば、場所の移動は容易い。

 本来なら道に従って進む法則を無視して、ビル・電柱だろうが足場にして人間離れした速度であっという間に目的地へ近付いていく。


「・・・・・・ちっ、気に喰わねえ」


 渡は耳元で風が鳴る中でビルの壁を蹴り飛ばしてショートカットしつつ、舌打ちしながら苦い想いを吐息と共に吐き出す。

 渡は紅月と言う男に一度対峙してからは、少なからず興味があった。

 いけ好かない男ではあるが、実力に関しては評価せざるを得ない。それに変異者の世界を渡とは違う形で、実現する可能性を持つ男だと直感はしていたのだ。


 それが蓋を開けてみれば走ったのは、安易かつ何も生み出さない騒乱。


 少なからず渡は紅月という男に対して失望したのは言うまでもない。


「そうじゃねえ、だろうが」


 あの大災害をもう一度起こすわけにはいかない。

 その為にマッド・ハッカーなどを除くコミュニティーは集ったはずなのに、あの男は最大の禁忌を破って多くの被害を出した。

 避難を進めたとはいえ、一般人の被害も出ていると聞いているし気に喰わない。



 渡竜一の家族が死んだのは、大災害の日だった。



 ある日に理不尽に何もかもを奪われ、兄として守ってやれなかった妹の笑顔を思い出すと今でもやり切れない気持ちになる。

 あの時の自分にはどうしようもなかったことを、遺影の前に血が噴き出るほどに拳を握りしめながら彼は悟っていた。

 それでも、これから何か出来ることがあるのではないか。


 自分の中で異様な何かが目覚めることを知っていた彼は知った。


 渡を腫れ物のように扱う遺族達、誰が渡を引き取るかと押し付け合う人々。

 そんな人間の醜さを知りながら、親類の元で世話になりながらも彼は誓ったのだ。


“俺一人で生きられるようになってやる。そして―――”


 この世界で普通に生きる権利を持っているのは、強い人間だけだ。

 

 それなら一人で生きられない弱者が、真っ当に生きる場所を用意してやる。

 あの日のような理不尽がない王国を築き上げてやろう。


 目的の為なら悪を排除することも、彼自身が戦うことだって厭わない。

 これは渡の中にある大災害以来、忘れることなき絶対の主義である。だからこそ、力のある紅月が全てを諦めたのが許せなかった。

 呼吸を整えると管理局幹部の潜伏先に辿り着いた渡は、万が一に備えて戦闘態勢を取って歩を進めていく。


「ここからなら蒼葉市外への逃亡も簡単だ。理には適ってやがる」


「ええ、そうね・・・・・・」


 市外への市民の避難する車両を鉄道会社も手配しているが、何が起こったのかを把握できていない。

 この駅では前回の災害の反省を活かし、避難ルートと別に市街を往復するルートが事前に市から定められている。

 騒乱の中で病院も機能停止し、救急隊の派遣や物資の支給に使用される貨物列車が『地下鉄・蒼葉川駅』では状況を見ながら運航していた。


 いかに変異者とて、貨物を狙って破壊するメリットはどこにもない。


 駅内には貨物の仮置き場等の施設も存在しており、恐らく彼らは厳重に施錠もできるそこにいるだろう。

 真っ先に職員を犠牲に逃げ出したとはいえ、彼らには渡に協力させる必要があるので今だけは救ってやるとしよう。


「ねえ、何が起きてるか渡さんは知ってるんでしょ?」


「細かい所は知らんが、大体はな。後で説明してやるよ」


 現場にはエンプレス・ロアが向かい、俯瞰して状況を見ることができたおかげで渡は情報を纏めて早くも大災害の全容に迫っている。

 そして、それは情報収集力に優れるレギオン・レイドに楓人が期待したことだ。


 紅月がいわば第二次大災害を起こそうと決めた背景には、念入りな準備があることが今までの情報からわかる。

 管理局とマッド・ハッカーの両方に接触することで情報を操作し、それぞれの組織の内情に迫って巧みに操り抜いた。

 そして、エンプレス・ロアも利用して出来た状況が『管理局に強力な変異者が多数収監されている』『マッド・ハッカーの動向に誰もが注目している』というもの。


 紅月からすれば、さぞかし動きやすかっただろう。


 そして、ここからは推測だがマッド・ハッカーの存在を周知させることで、処理すべき犯罪者である変異者を一組織に集める意味も兼ねていた。

 敵を明確にして、管理局を潰す為にも重要な極めて効率のいい策だ。

 紅月はこの街を意のままに操るために誰よりも情報戦を重視したのだろう。


「・・・・・・どうやら、先客がいるらしいな」


 駅構内の標識を頼りに、駅員らが利用する場所を順番に回る最中で、渡は異変に早くも気が付いて周囲を油断なく見まわした。

 通路内の壁には血痕や破壊跡があり、倒れている人間も合計で四人。


 まだ血も乾かぬ時間で彼らを殺戮した異常者が近くにいる。

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