第283話:大局
リーダーの楓人が頭が回る方なのは怜司もよく知っている。
だが、彼は己の過去に強すぎる思い入れを持つが故に、心がどこかが欠損してしまって殺人を犯す変異者に対して非情になり切れない。
出来るだけ命を奪いたくないという躊躇いが相手に利用されるとしても、楓人はそういう生き方しかできない男だ。
だから、怜司は常に冷静で時には残酷な決断を下す人間でなければならない。
怜司は悪を利用することに対して、躊躇うことなく実行する。
この場で戦おうと少なくとも短期決戦は難しいと判断し、貪欲に相手を足止めする以上の成果を得ようと話し合いを試みた。
「私としばし共に行動する気はありませんか?」
「……いやー、怪しすぎでしょ」
「私とて誰の命も奪わずに戦いを終えるつもりはありません。しかし、コミュニティーの主義としては出来るだけ犠牲は減らしたい。そして、貴女も出来るだけ殺す人間は絞りたい。我々の利害は一致していると思いますが」
「それはつまり、情報をくれるっていう意味でいいのかな?それなら、少しは考えてもいいけど。私だってフツーの人を殺すのイヤだしね」
十中八九、乗ってくるだろうと怜司が読んでいた通りだ。
灯理という人間は自分が悪と断じた人間を容赦なく切り捨てる反面、善人と感じた人間を生かすことによって強靭な意志を保っている。
“罪のない人間を殺す人間ではないだろう”と、その根幹に波紋を投げかけてやれば妙に気やすく接してくる彼女が乗ることは想像がついた。
要するに、彼女は悪人以外を斬らないことにこだわりを持っている。
怜司と彼女は同じであると定義付けることに成功さえすれば、彼女は怜司を悪人として斬ることはできない。
怜司を信用できないと断ずれば、彼女は自分の正義すら疑うことになるのだ。
「ええ、情報を差し上げます。その代わりに私も貴方が余計な命を摘まないかを監視する。完全に信用するのは行動を見て、というのはどうでしょう」
「……わかった、乗ってあげる。私を利用して何をしようとしてるのか知らないけど、本当に情報をくれるなら話が早いし」
怜司も無論、彼女に大量の人間を殺させるつもりはない。
時間を稼ぎつつ情報を引き出し、最後には能力を見て可能な限りの優位を引き出すのが怜司が咄嗟に講じた策だった。
何より、彼は決して口には出さないがこうも考えていたのだ。
―――手を下さずにマッド・ハッカーを処理してくれるならそれもいい。
この戦いだけは今までのように見逃してばかりもいられない。
進んで命を奪いたくはないが、利用できるものは利用してメンバーを生き残らせるのが参謀たる男の使命なのだから。
「その代わり、人を裏切る悪い人は遠慮なく斬っちゃうからね」
悪戯っぽく笑う少女に笑みを返すと怜司はひとまずは安堵の息を吐く。
戦うだけが最善の方法ではなく、怜司の勘がこの敵は利用できると告げていた。
今のままではあまりに起きてしまった災害の全容がわからない。しかし、彼女へは適度に停戦の対価を提供する必要もある。
怜司の本当の意味での戦いはここからと言えた。
―――そして、その少し後。
「わかった、お前はそのまま付近のエリアでの救援を優先しろ」
渡は電話を切ると周囲の人がいなくなったビル街の様子を見渡した。
渡という男は災害が発生してしまったことを知るなり、まずは現実的に被害の情報を人海戦術で集めようと動き始めていた。
恵からは既に管理局で何が起こっているかの報告は得ており、幹部達が事前にどこかへと避難していたことまで突き止めている。
正当な手段ではない怜司とも違い、あくまで数を頼りに重要と思われる情報には更に人員を投入して検証を行う。
その判断を実際に自分も動きながら行い、多くの人員を管理しきる実務能力はさすがに信頼され続けるだけはある器の人物と言えよう。
渡は予定外のことがあろうとも、集団が関わることに対しては常に冷静だ。
これほど組織のリーダーに向いた性分と能力を兼ね備えた人間はそうはいない。
「さて、目星は付けた。お前も俺と来い」
傍らに目をやった先には明璃を送り届けて戻った竜胆が黙って控えている。
渡も彼女の戦闘能力と単独で動けるだけの判断に関しては信頼を置いていた。
管理局の幹部が逃げ込んだ先は、恐らく常に管理局の動向を探っていたレギオン・レイドでなければ分からなかっただろう。
管理局を狙ったのは紅月だろうが、あの男には手足のように動く情報網がない。
加えて今の蒼葉北を中心として蒼葉東の北部、そこまでが今回の災害で出る可能性がある被害の範囲だとこの段階で彼は既に読んでいた。
つまり、管理局を手中に収めればこの戦いは徐々に収束していくと踏んだ。
無論、真島楓人にも話は共有しておくが、エンプレス・ロアの持つ戦闘力はレギオン・レイドよりも勝ることは否めない。
加えて少数精鋭の立ち位置のおかげで情報伝達も早く、蒼葉北エリアを任せるには彼らの方が向いているだろう。
「行くぜ、場合によっては管理局を俺達で掌握する」
管理局を守って、機嫌を取って力になってやるほどお人よしではない。
元から不穏な話も出てきた団体で、これを機に全ての膿を吐き出させた上で完全に掌握するのが渡の目的だ。
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