第281話:生存本能
しかし、明璃にはまだその答えは見えないが彼女も手ぶらで敗北するわけにはいかないこともわかっていた。
辛うじて見えたのは、灯理は雷を回避したのではないということ。
そして、急に獲得した雷を切り裂くというよりは霧散させた防御を見るに、確信が持てるものでは推測だけは何とかできる。
今までの行動を思い返して、少なくとも問答は出来そうな敵へと告げる。
「……相手の能力に適応すること、だよね?」
斬り裂かれた傷は致命傷ではないが、抑えた箇所から血液が零れ出してくる。
戦うには支障をきたす傷であることは明らかだが、明璃は気丈にも立ち上がって灯理の手がかりをわずかでも引き出そうとした。
序盤の攻防の慎重さを見るに『何らかの手段で能力を獲得した、それまでは仕掛けるわけにはいかなかった』と考えるのが自然だ。
最初から相手の能力を霧散させる力を持つのなら、あれだけの瞬発力を持つ彼女が最初の雷を無防備に利き腕に受けることなどなかったのだから。
つまり、あの時点では敵は防御を間に合わせても防げなかった。
それを灯理が正誤を応えるかは賭けだったが、リスクリターンを考えて常に行動しているようには見えない点に賭ける。
「へえ、今のだけで見切ったんだ。当ったり」
にこっと屈託のない笑みを見せ、彼女は大鎌の柄を地面にトンと立てて応えた。
そして、そんな馬鹿げた能力が真実であれば明璃に勝ち目がないことを如実に示し、実質的な死刑宣告でもあったのだ。
敵に能力を語るなど愚の骨頂、それでも死神めいた少女はゆっくりと歩を進めながら淡々と語り続けた。
「管理局から色々と特別扱い受けてたのはね、私がヘンだったから。私はあらゆる能力への耐性を生成できる。どんな能力でも、どんな手段でもね」
「なるほど、それでわたしの能力も途中から効かなくなったんだ」
「そゆこと。適応しちゃえば私には全部通じなくなる。ワクチンみたいなものかな」
「……適応するにも相性があるってことでいいのかな?」
ぴくりとわずかに彼女の表情が怪訝そうに変わり、ため息を吐く。
「ホントやるねえ、そこまで見抜かれたのは初めてだよ。まあ、キミはここで死ぬんだけど。逃げる猶予は何度もあげたんだから」
灯理の端正な顔には物憂げな表情が微かに浮かんでいる。
どうやら本当に明璃を斬るのは気が進まないらしいが、今後の邪魔になるのなら仕方なくといった所だろう。
楓人も絶対に間に合わないし、助けに来る者は持ち場を考えてもいない。
歩くのがやっとの明璃では出血でいずれ死ぬ。
仮に歩けたとしても明璃はここで命が刈り取られる。
そんな未来、冗談じゃない。
他人を死に追いやっておいて、親友を手に掛けておいて。
最期に正気に戻った彼女の冷たくなっていく手の温度を、血の匂いを思い出すと明璃は他人が理不尽に殺されていくのを許せなくなる。
その暗い熱こそが彼女を戦いに駆り立てるモノの正体。
“明璃は生きて”と友人は最期に告げたか細い声を忘れたことはない。
だから、まだこんな所では簡単に死ねない。
せめて精一杯足掻いて手こずらせて、やるだけやったのだから仕方ないと言い訳できるまでは戦い抜いてみせる。
生きる為に思考を回せ、相手に付け入る隙がないかどうかを考えろ。
「―――あった、一つだけ」
「……何の、話ッ!?」
異変に灯理が気付くのが遅れたのは、それが人間の絶対の死角だったからだ。
上空にすら意識を割いて、万一を考えて異変を見逃さないように彼女は明璃を狩る為に神経を注いでいた。
だが、逆に言えば大鎌の防御を突破できれば攻撃を与えられる程度には適応なる能力は完全ではないか、まだ適応は完了していないのいずれかだ。
遥かに格上の彼女の死角はただ一つ。
百八十度より更に広角、三百六十度までは意識は及ばない。
探知能力を持たなかったことが明璃にとって最後の攻勢を仕掛ける原因となった。
この出血で能力を酷使したからか、眩暈が酷くなる中で己の力を振り絞る。灯理が無意識の内に信頼する地面、そこに最後の罠は隠されていた。
「ッ、下……!?」
地面に亀裂を入れながら明璃の雷は灯理の足元を制圧し、鎌での防御も間に合わない速度で彼女の全身にその暴威を走らせていく。
今までの明璃では成し得なかった緻密なコントロールで、雷を薄氷を踏むにもにた感覚で薄く張り巡らせた。
そこまで終われば後は、後先考えずに導火線を伝って発火するだけ。
死を覚悟したが故に進化する能力は生物としての生存本能に近い。
「無駄だって、言ったじゃんッ!!」
それでも、全身に雷の破片を纏わせながらも顔をわずかに歪めたっきりで灯理はゆっくりと歩みを再開していく。
時間を稼いだのはわずか十秒程度といった所、これが実力差というもの。窮鼠が猫を噛んでみたとて相手を止めるまでには至らなかった。
だが、その数秒は彼女の運命を変えるに至った。
ぼやける視界の中で彼女を支える力強い腕の持ち主を間違えるはずはない。
出血で持たないかもしれない、と思いながらも彼女はそっと男の名前を呟いた。
「来てくれたんだ、怜司さん」
「すぐに手当てをさせます、もう喋らないでゆっくり休んでください」
落ち着いた声を聞いて、明璃はゆっくりと薄れゆく意識の中で小さく頷いた。
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