第280話:強魔
「ッ……!!」
さすがの灯理も相手の思わぬ行動の意図を測りかねた。
明璃が勝つとすれば徹底した遠距離戦でしか勝機を見出せないのは、火を見るより明らかだったからだ。
その愚行は拳銃を所持する人間が剣相手に自分から殴りにいくのと同義だった。
しかし、そんなことは。
「インドラッ―――!!」
明璃とて最初から承知の上で賭けに出たのだから。
彼女はエンプレス・ロアで最も経験が浅い己を知っているが故に、遠距離を保とうとした所でいずれは斬られることを察した。
明璃の持つ能力は強力ではあっても、苦手な相手への対応力が欠ける。
だから、彼女がも絶対の死を逃れるには一つしか手は思い浮かばなかった。
相手に隙がないなら、隙を自分の肉体一つで作ればいい。
明璃の雷への警戒を外させるには、相手が『取るはずのない行動を仕掛ける』ことで思考を割かせるしかない。
もしかしたら明璃に近接手段があるかもしれない、虚を突かれた上に次に浮かぶのは本能的にそうなると予測していた。
つまりは、思考二つ分の致命的な遅れを明璃は行動一つで生み出す。
続いて最後に地面を打ち据える雷の光で視界を塞いで詰みだ。
一斉に
「―――
重ねた経験次第で明璃はまだ伸びる余地を残していた。
ただし、それには己の在り方を変革するほどの強い意志が必要である。
明璃の中にある意志はコミュニティーの皆が作ってくれた居場所を失いたくない、もう誰も理不尽に命を刈り取られるべきではないという祈り。
昔、水木明璃には親友がいた。
もう幼稚園からの付き合いでほんの二年前までは、中学から近くの高校とずっと仲良く付き合っていて周りから見ても親友だった。
その時の明璃はまだ、大災害以来より自分の中に生まれようとする奇妙な感覚を自覚しながらも普通に生きていたのだ。
幸いにも二人のいた町は被害が薄く、それから三年以上も経過すれば奇妙な何かを抑え込む術も会得しようというものである。
それを抱えているのが、明璃だけだと思っていたのが全ての過ち。
これだけ一緒にいて予兆はあったのに彼女は気づくことが出来なかった。
気付いたのはあの日にあった親友からの電話で、出た瞬間に声がやけに冷たくておかしいことは気づいたのだ。
“明璃、すぐに来て欲しいの、大変なことがあって”
“どうしたの!?必要なら警察を呼んでから―――”
“止めて!!お願いだから、明璃が来てよ”
そんな親友の様子に、夜だったにも関わらず家を飛び出すと明璃は指定された場所へと急いで向かった。
そして、行き着いた先はシャッター街と化して復興予定の商店街だった。
その中でも通り抜ける為か、幾人か通行人はいたようだが親友は肩程度まで伸ばした黒髪をわずかに風にそよがせながら通路の中央で明璃を待っていた。
その時の光景は今でも覚えている。
商店街に転がった通行人だったモノを引き裂いた友人の姿を。
明璃を出迎えた親友は泣き出しそうな顔で血液の滴る指先を眺めて、顔をぐしゃぐしゃに歪めているだけだった。
『何、を―――』
『明璃、わたし…おかしくなっちゃった。殺したくないのに、何かが来て、殺しちゃうの。だから、ここからデな、いようニして……たケド』
言葉さえ怪しくなりながら話をする友人に明璃は異変を見出した。
不自然なほどに左目が赤く、顔の半分だけ表情が死んでいる。なぜか、それを見て親友はもう人ではなくなってしまったのだと悟った。
そして、ついに獲物を求めて商店街を出ようとした親友を見て。
『やめて、もう……やめて―――――ッ!!』
そして、彼女は親友をこの手で殺害したのだ。
最後には自身の力に耐えられずに動かなくなったようだが、いかに言い訳をしようが死に追いやったのは紛れもなく明璃に他ならない。
目覚めた新たな力を手に、行先を見失った彼女を楓人が訊ねてきたのはその後だ。
楓人は明璃と友人に何が起こったのかを説明し、自分の方が辛そうな顔で明璃に向かって頭を下げてきた。
“助けられなくて、本当に悪かった。出来れば力を貸して欲しい”
そんな彼と行動を共にし、仲間と出会って思ったのだ。
「わたしの贖罪の場所は、前に進むにはここしかないの。
思い返したのはわずか一秒にも満たない間で、雷は死神めいた少女の四肢を打ち据えようとしていた。
本来は今の明璃の最大火力を喰らえば死に至るだろうが、四肢をしっかりと狙えば彼女なら生き残ってくれるだろう。
視界を光で塞いだ後に明璃は抜け目なく上空へ回避行動を取っている。
苦し紛れに振るった刃は届かないし、振るうだけの力も残らない。
「か、な……にっ!?」
切り裂かれたのは脇腹。再び明璃は自身の血液を間近で見ることになった。
ぼやける視界で捉えたのは、死神が未だに五体満足で立っている光景。
「いやー、危なかったよ。強いねえ、キミ」
ふぅと息を吐くと地面に叩きつけられても立ち上がろうとする明璃を見る。
血が止まらない、傷はさほど深手ではなさそうだがこのままでは死ぬしかない。
それにしても理解できないのは、彼女がなぜ軽傷のみで攻勢を捌き切ったのかが全く見えない点に尽きる。
「でも、見誤ったね。
先端に着いた血液を鎌を振って払うと、灯理は事も無げに告げた。
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