第268話:災害の全容


 ―――大災害、と聞くだけで表情を曇らせる人間さえいる。


 街の被害に方々の被害がありながら、何故か地区によってほぼ無傷な所もあれば大きく崩壊した場所もあった。

 何万とも知れぬ人が死に、原因不明の火災で多くの人が焼け死んだ。


「大災害……だと?」


 楓人だって大災害への憎しみを吐き出した気持ちはあるが、“今は冷静になるべき場面”とリーダーの立場が冷静さを取り戻させる。

 紅月の狙いが大災害だとすれば、絶対に放っておくわけにはいかない。しかし、まずは怜司がどう考えて結論に至ったのかを聞いてから動くべきだ。

 楓人の促す目線に怜司は頷いてみせると説明を再開した。


「恐らく、今は紅月と管理局は別の意志を持っています。それは我々への連絡や梶浦を通して情報提供をした事実からも明らかですね。現に紅月の情報をきっかけとして辿り着いた管理局は、我々が真相に辿り着くことを拒む動きを見せました」


 紅月と管理局が手を組んでいるのなら、管理局にとって都合の悪い情報を楓人達に自分から渡すはずがない。

 管理局は怜司の言うように、楓人達が動き出してから明らかに変異薬への情報提供を渋っていたのは楓人も感じ取っていた。

 つまり、紅月と管理局は利害が一致した時以外は別の思惑で動いている。


「そして、大災害と変異薬が無関係でないとすれば、変異薬の試薬結果を欲しがった紅月と大災害も結び付きます。最も彼が全ての黒幕とは考え辛いですがね」


「でも、変異薬は管理局が送ってるわけだし……頭こんがらがってきたよー」


「以前の大災害に管理局が関わっていた可能性が高いってことだろ。今回の紅月に対して、管理局がどう出るかはわからないけどな」


「リーダーの言う通りです。この過程が正しいと仮定すれば、ようやく今回の構図が見えてきますね」


 前回の大災害に関わった管理局と、今回に大災害を起こそうとしている紅月。

 それならば両者の関係が切れたことも、試薬結果を得る目的といえ紅月が回りくどくマッド・ハッカーを利用して相手を探っていたのも説明が着く。

 後はあの日に何が起こったのか、それだけがこの仮説を基にしても出て来ない。


 ただし、一つだけわかることがあった。


「私は以前にも疑問があったのです。六年前、確かに蒼葉市全体に火災は広がって多くの人々が亡くなりました。しかし、不審な程に火災や多少の暴動で亡くなる人数ではない。つまり、何か別の原因で多くの人々が命を落としたのです。リーダーならもう理解はしているはずです」


 そこで怜司は口を閉じると静かな瞳で楓人を一瞥した。

 もう楓人が怜司の言いたいことを理解したのだと、表情から優秀な参謀は察してその先を任せて沈黙を保つ。



 楓人は恐らく真実であろう推論を言葉に変える。



「変異者が人為的に造られ、集団暴走や副作用で大勢が亡くなった。土地によってムラがあったのは変異者の素養を持つ人間の人口分布でしかない」


「残る謎は誰がどう変異者を創り出したのか。それが管理局の手によって行われたのかどうか。これで、この二点に絞られますね」


 蒼葉市全体に変異者を創り出した方法、これが最大の謎だ。

 それだけのことを出来るのは管理局レベルの影響力を持っていないと厳しいだろうが、管理局といえどそこまでのことを出来るか怪しい。

 大災害前から変異者だった紅月が協力したにしても、その方法もメリットも現状では全く思い当たらないのが問題だった。


 こんな超能力者以上の存在を生み出して誰が得をするとい言うのか。


 過去に管理局の関与まで明確に疑わなかったのは、それが根底にあったせいだ。

 だが、こうして辻褄の合う考え方が出来た時点で明日までに検証を行う方法を模索すべきだと直感と過去の調査結果が告げている。


「だとすると何かが起こるとすれば……」


「ええ、管理局を狙ってくるかもしれません。紅月が掲げていた方針は罪人と罪なき者の選別です。前回の大災害で罪を背負っているのが管理局だと考えても不思議はありません」


「話は通さないで行った方がいいか。下手に避難でもされると逆に守り辛い」


「マッド・ハッカーの動きが活発になっているので気を付けろ程度の注意喚起はしておくのが無難ですね」


今回は彗を負傷させてしまった時の二の轍は踏まない。

本当は彗がいれば言うことはなかったが、唯という強力な助っ人を得たことで別の作戦が展開できるようになった。

街に人は配備しつつ、ハイドリーフの情報網を使って異変は察知する。


加えて張るべきは名簿の中でまだ生きている人物が対象だ。


そこと管理局に戦力を分散する必要はあるが、紅月が現れた時の対策で分散しすぎても意味はなくなるのだ。

故に先程から黙っていた唯に楓人は唐突に視線を向ける。


「唯は俺達と一緒に別動隊だ。いつでも支援できるように管理局の近くの襲撃される疑いのある場所を潰して回る」


管理局には燐花を置いて奇襲に備え、レギオン・レイドにいる探知の亜種能力を持つ変異者を使って街を見張っていく。

その指示を受けると躊躇いがちに頷く唯はおずおずと訊ねる。


「でも、それって結構大事な役目だよね?わたしに頼んでいいの?」


この別動隊は流動的な状況に対応し、強敵を相手に味方を守る部隊だ。楓人と唯という強力な変異者が常に状況を見張ることで犠牲を減らす策。

楓人の相棒を務める人間は絶対の信頼が置ける腹心でなければならない。

しかし、唯が再び紅月についた場合に事前策は用意しているものの、彼女を選んだのは“彼女を信じている”という意思を込めた。


このままでは唯は新参者の負い目を抱えたままで戦うことになる。


彼女の力を引き出すには空元気ではなく、一緒に戦っている自覚と自信を持って貰わなければ逆に危険だ。


「期待してるぜ、俺も皆もな」


笑みと共にそう告げるだけで彼女は気持ちを理解してくれたようだった。

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