第267話:災厄の可能性

「そういえば元リーダーから伝言があるんだけど、よくわかんないんだよねえ」


「伝言って……何て言われたんだ?」


「えーっと、昨日から数えてだから……“期限は明日の夜”って言われたのさ」


「唯には何の期限か心当たりはないのか?」


 返答として、ふるふると首を横に振る唯を前に楓人は考え込む。

 今まで紅月は局所的にとはいえ、具体的な情報を渡してきたがここに来て最も曖昧な手がかりを渡してきた。

 過去の手がかりを総合すれば、紅月の示すモノに辿り着くということなのか。

 唯は何も知らされていないようだし、動いて貰っている渡達から新しい手がかりが出るのに期待するしかなさそうだ。


 今はとにかく新たに得た試薬名簿を基に動くしかない。


「彗、もう行かなきゃいけないんだ。また来る、九重は彗に着いててくれ」


「わたしもまた来るね。それじゃ!!」


「ごめんね、若葉ちゃん。お願いしちゃって悪いけど……」


 楓人・唯・カンナの順に一旦の別れを告げて立ち上がる。

 本来なら客観的に見れば、わずかにスパイの可能性を残している唯に黒の騎士が楓人であることを教えるべきではない。

 楓人が唯を信用しないという話でなく、リーダーとしてそうするべきだ。

 しかし、彼女と腹を割って話をした中ではっきりしたのは、以前から探知に近い能力を持つ唯は黒の騎士の正体に気付いていたのだ。


 スカーレット・フォース以外にバラそうと思えば出来たのにしなかった。


 どうせ、バレているのなら顔を合わせて信頼関係を深める方がずっといい。


「……そうか、わかった。じゃあ俺はそっちを回る」


 怜司に連絡を取ると、頼れる参謀はすぐに手分けして回っているルートの一部を手早く整理して楓人に譲ってくれた。

 全員がどう動いているかを常に把握しながら効率的に動いている証拠で、こんな時だからこそ余計に彼が味方であることが頼もしい。



 ———今日、得られたのは名簿が正しいという証明だけだった。



 ほぼ空振りのままでカフェに戻ってくると、食後に楓人・怜司・カンナ・唯のメンバーでミーティングを開くことになった。

 今日の成果は既に共有しているとはいえ、紅月を見てきた唯を交えて分析を行えば何か新事実に結び付くのではないかと考えたからだ。

 メンバーには今の内に休息を取らせても、その間に出来ることをしよう。


「期限は明日の夜までだ。少なくとも何かが起こるってことは確かだし、今までの手がかりで少しでも何か分かることがないかを話し合いたい」


「推測なら成り立ちますが……最後の決め手が不足していますね」


「えっ、推測って何かあるの?」


 首を傾げたカンナに対して怜司は視線で楓人に了解を取ると、以前にも使用したホワイトボードを引き摺ってくる。

 頭で整理するより相関図にした方が解り易く、整理も出来ると踏んだようだ。

 ここは進行を怜司に任せて、楓人なりに思考を回転させながら聞く。


「まず、我々が新たに得た条件を加えるとこうなるのは解りますね?」


 管理局と紅月は関係があり、管理局とマッド・ハッカーも繋がっていた。

 そして、紅月とマッド・ハッカーも一時は協力関係にあったが、結果的に紅月が烏間に止めを刺すことで一時の決着を見たわけだ。

 三者は全て関係があった事実は確定、ここまではいい。


 しかし、怜司はマッド・ハッカーと紅月間の相互矢印にバツを書き加える。


「紅月がマッド・ハッカーを切ったのは間違いない。では何のために、その後の活動は何だったのか。共通するのは変異薬エデンしかないでしょうね」


 話の途中で口を挟むのもよろしくないので黙っていたが、渡はもちろん楓人でもそこまでの事実には辿り着いていたのだ。

 そこから怜司なりの新たな仮説が成り立つとすれば、マッド・ハッカーを紅月が切った理由に鍵がある気はしていた。

 “紅月にとって都合が悪いから”にしても、一時的に協力をした理由は何故か。楓人が思い浮かべた仮説も怜司の話を聞くと間違いだった気がしてくる。


「考えられる理由は二つ、まず一つ目の仮説ですね。紅月はマッド・ハッカーを介して管理局と繋がるのが目的だった場合。その目的を果たした後には、烏間は邪魔でしかなかった。この説は一見すると無理はなさそうですが、烏間側には管理局と紅月の繋がりを持たせる利点が何一つありません」


 その背景が真実と仮定すれば、烏間は管理局と紅月が結託して自分を潰しに来る可能性を一切考えずに紅月と協力関係を結んだことになる。

 あの用心深い男が危険を冒す理由は皆無で、この仮説は可能性は薄い。

 そもそも紅月が管理局の手がかりを得るなら、エンプレス・ロアを利用するか接触する方が手っ取り早い。


「強引な推論に見えるでしょうが、私は二つ目の仮説が真実だと思っています。まず、紅月がマッド・ハッカーから何を欲しがったのか。それは———変異薬の試薬結果だと私は考えます」


「それじゃ……リーダーがまるでっ!!」


「唯、気持ちはわかるけど最後まで聞いてからにしようぜ」


 つい声を上げかけた唯を楓人は窘めつつ怜司へと続きを促す。

 元リーダーとあって思い入れもあるだろうが、楓人の中では既に納得できる部分が生まれつつあったからだ。


「マッド・ハッカーを泳がせる理由としては最も自然でしょう。とはいえ、紅月は試薬結果が欲しかっただけで、烏間は必要以上に人を殺し過ぎる。よって自ら粛清したと考えれば無駄がありません」


「よくわかんないけど……薬の結果が欲しかっただけで、もういらないって判断されたってことだよね?」


「そういうことです。では、紅月が何を企んでいるかですが———」



 怜司は少し躊躇った様子を見せると告げる。



「―――最悪の場合、大災害がもう一度発生する可能性があるということです」



 さすがの楓人も想像はしても事実であると断定したことはなかった。

 しかし、怜司は確信を持って全員が共有する傷である大災害へと踏み込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る