第269話:交戦準備
「わたしだってリーダーがそんなことしないって信じたいけど……大災害を本当に起こそうとしてるなら、止めなきゃだよね」
唯とてリーダーの紅月や城崎とはそれなりに上手くやってきたのだろうと、見ていれば肌で感じることだ。
以前は彼らの間に何があったのかは知らなかったし、彼女の気持ちのみを考えるなら踏み込むべきではなかった。しかし、リーダーとして詳しく聞いておこうと思った。紅月と交戦する場合は彼女も戦力と数えるかが変わるからだ。
楓人とカンナと怜司は唯がスカーレット・フォースに入った理由を知っている。
唯が入ると完全に決まってから、事情は改めて聞いた。
彼女もまた大災害で家族を亡くしている被害者の一人で、仲の良かった妹を亡くしている。そして、それが原因で家族とも決裂して別居状態。
その後、どう突き止めたかは知らないがアルバイト先で紅月が訪ねてきてコミュニティーの話をされた。“最初、ナンパかと思ったよ”とは彼女の感想である。
少なくともスカーレット・フォースでは良い思い出もあるし、紅月は活動した分の報酬はしっかりと支給していたらしい。
だから、唯が紅月にそれなりの恩義を感じているのは間違いない。
「説得してみてダメなら、わたしはリーダーと戦うよ」
「ああ、俺もどうせ一度は説得してみるつもりだったからな。そういう意味でも今回は俺と一緒に行動して貰う」
「うん、ありがと……楓人。わたし頑張るからね」
陰のない笑顔を見ると彼女の迷いを少しは取り除けたはずだが、実際に恩人を目の前にして刃を振るえなくとも責めはしない。
恩を思い返して踏み止まってしまうのは、真っ当な人間ならば抱いて当然の躊躇いで唯が本当の意味で人間という証明だ。
その為に最も紅月に力量が近い楓人が一緒に行動することに決めたのだから。
メンバーにできないことを背負うのが、リーダーの在り方だろう。
「よし、それじゃ……明日の夜までにやれることは全部やるぞ」
戦いの為に必要な睡眠はしっかりと取るつもりでも、その他は全て情報収集と人員の配備の為に時間を使う。
今日は他のメンバーにも指示を出して、朝から集まるようにしてある。大災害が起こると思うと恐怖が手足の先まで広がる。
誰の居場所も失わせたくない、そう願ってここまで走り続けてきた。
「もう、いいだろ……あんなのは」
苦い呟きが自然と零れて、楓人は勢いよく立ち上がる。
まだ、楓人自身にもやれることは残っていると全身が疼いて大人しくしていられそうになかった。情報収集自体はレギオン・レイドとハイドリーフが主体となっていることもあって、今は楓人が指示を出すこともない。
その時、閉店しているはずの入り口のベルがちりんと鳴った。
「よう、もしかしてタイミング最高だったか?」
そこには親友がにっと笑みを浮かべて立っていて、先ほどのメンバーに向けたメッセージを見て駆け付けたのは想像が着く。
紅月と戦うことに備えて柳太郎とカンナと続けていた特訓をしておこうと思っていたので本当にジャストタイミングと言えよう。
「どうした、“やれることをやろう”って言ったのはお前じゃねーか」
「そっちにも仕事は振ってたから呼ぶか迷ってたけどな。正直、助かったよ」
「お前とも長い付き合いだからな。ここまで来たら最後まで付き合ってやるよ。オレの力が必要なんだろ?」
柳太郎は悪く言ってしまえばバカな発言をしている男だが、実際は思慮深く周囲に気を配る性格である。
楓人が本当は自分の特訓を進めておきたい中で他の仕事で忙殺されていたのも、柳太郎は察した上で今は特訓を優先したい楓人の気持ちを汲んだ。
これだけの男が親友でいてくれる事実に心から感謝せざるを得ない。得ようとして得られるものではない出来た友人だ。
「お前が負けたら全部終わりだ。その為なら何だってしてやるさ」
「ああ、カンナ。今から続きやるけど準備は出来てるか?」
「うん、もちろん。あの人にもう負けられないよね!!」
三人は拳を重ねて頷くと柳太郎が不敵な笑みと共に告げる。
“お前は、絶対に負けたり死んだりするんじゃねーぞ”と。出来る限り多くを守る、強い決意の元で柳太郎は本当の意味でコミュニティーの一員となった。
「黒の騎士は最強の都市伝説、だろ?」
それはネットの海に転がっている御伽話だ。
漆黒騎士の都市伝説だけは、真実でなければならない。
人々を死なせないために、大好きな人々との日々を自分が失くないたくないエゴで黒の騎士は明日も闇夜を駆けるだろう。
「ああ、それが事実だってことを教えてやらなきゃな」
それでいい、エゴだろうと誰かを守れるならば。
誰の居場所も失わせないことが可能であるなら。
鍛錬をしてきたとはいえ、紅月の域にあと一日で達することができるほど世の中は甘くはないが渡との戦いのおかげで手掛かりは掴んでいる。
できるかじゃない、やるしかない所まで事態は進んでいるのだから。
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