第265話:試練の足音


 楓人は唇を噛んで激情に耐えながら書類を捲っていく。


 変異薬を流していた者の一部がようやく、長い時間を経て明らかになった。

書類にある情報が蒼葉市の裏側に隠れていた闇の正体でもあり、この内容次第では楓人達が何をすべきかも大きく変わってくるだろう。 

全ての変異薬が一つの場所から流れていたのではないが、最初に烏間が変異薬を受け取っていた先は最も目を引く。



「こういう、ことかよッ……」



 紙の端を握り潰しかけた先に刻まれた名称。



『都市人類管理局 担当者』と明確に名簿には書かれている。

今まで協力者として持ちつ持たれつでやってきて、楓人の父親が所属している組織が犯罪に手を染めていたとこの紙切れは証明しているのだ。

 他に書かれた名前を追うことで管理局と書かれた欄が信頼できるかの確証は得られるが、楓人はこの名簿は嘘ではないと現状では捉えた。

 榊木の捏造である可能性も捨て切れないが、取引の日付と具体的な内容を備考欄に刻んだペンによる古ぼけた走り書きが捏造とは思えない。


 それに管理局がグルなら変異薬に関する全てが説明が着いてしまう。


 まだ製造元かどうかは解らないが、今はそうだと仮定していい。

 不自然なまでに製造元の情報が得られなかったのは管理局が隠していたから。

 変異薬を製造する技術は管理局の持つ変異者へのノウハウが関係しているだろうし、情報提供の質と速度が偏っていたのも調べられたら困る部分があるからだ。


 少なくとも管理局は変異者を使った実験に協力していたことは間違いない。


 “担当者”と記載されているのが個人で動いてはいなかった事実を物語る。

止める方法をゆっくりと考えている時間もなく、変異薬の流通先を潰しながら名簿の内容が真実であるかを確かめる。


「管理局がグルとなると……紅月も同様と考えていいでしょうね」


「ああ、俺達の思ってる以上に変異薬は出回ってる。このリストに従って順番に当たるしかない。時間はそうはなさそうだ」


 変異薬の効果で更に変異者が誕生する可能性があるならば、今でもギリギリ表の世界との均衡を保って来た蒼葉市は第二の大災害を迎えるかもしれない。

 考えていた以上に多くの導火線が蒼葉市には埋まっているのだ。


「すぐに動くぞ、時間がねえからな」



 渡の声にメンバーはすぐに散って、大災害を防ぐ為に動き出す。



 ネットや聞き込み、リストの人間を解る限りで当たる。色々な情報を取り込みながら二つのコミュニティーは活動を開始した。

 導火線が爆発するのが早いか、楓人達が間に合うかの単純な戦い。最悪の場合、楓人達は管理局という組織を敵に回すことになる。


「楓人、もうイヤだよね。あんな光景……」


「ああ、俺もあんなのは二度と起きなくていいと思ってるさ」


 隣を歩むカンナがしみじみと呟き、声を掛けられた楓人も深く頷く。

 あの日から続いた楓人とカンナの祈りは今までも続いて来たし、誰の居場所も理不尽に奪われるべきではないという決意も変わらない。

 その為に彼は戦ってきたし、今回だって勝ってみせると改めて誓い直す。



 大切なものを二度と失わせない、と。




 ———だが、その決意の陰で紅の王は踊る。




「準備は整った。俺の成すべき悲願はすぐ果たされる」


 紅月は人で賑わうビル街を歩きながら、もう一人の男に語る。


 隣を歩く城崎は否定も肯定もせずに、ただ騎士の如く王の隣を歩む。

 街は平和で楽器店から響く軽快な音楽、それぞれの仕事に勤しむ人々のいるオフィスの灯り、街角の屋台では外人が肉を焼いている。

 それぞれの人が自分の居場所を、他人の居場所を守る為に生きていて誰にも居場所を壊す権利など持ち合わせていない。


「あんたも俺も、地獄に落ちるだろうな」


「それでも賽は投げられたというものだ。死んだ後に思いを馳せる時間は無いさ」


 紅月はずっと長いこと、ある悲願の為に生きていた。

 この先には不要と判断したために決して嫌いではなかった唯をも切り捨てて、必要なものだけを携えて茨の道を進む。

 大災害の日から何かを背負い続けてきたのは楓人達だけではない。


「いいのか、界都。邪魔をしない条件付きならお前は関わらなくても構わない」


「何言ってんだ、今更。ここまで来て退けるか」


 ふんと鼻を鳴らす不愛想な男を見て、紅月は柄にもなく唇を緩めた。

 この義理堅く聡明な唯一とも言えよう仲間のことを、紅月なりに珍しく信頼もしていたし上に人柄も嫌いではなかったのだ。

 この男だけは以前から紅月の計画の全貌を知ってもいたし、それに向けて裏で動いていたのも大体は彼だった。



「刻限は二日後の夜、蒼葉市には変革がもたらされるだろう」



紅の王は静かに終幕あるいは開幕を宣言する。


六年前、蒼葉市を襲った大災害の真実を彼は知っているが故に迷わない。

『その為に何が必要か、変異者の為には何が必要か』を知っているが故に紅月は世界を変える宣言をここに残す。



訪れるは六年前の再来。



黒の騎士、都市人類管理局、紅の王……そして大災害。

全ての都市伝説は今こそ全てが交差して六年前以上の災害を生むのは避けられない。


これは黒の騎士にとって最大の試練となる。





「―――さあ、新たな都市伝説だいさいがいを始めよう」






■血の楽園編  -ブラッディ・エデン- END


災厄の都市伝説編 -カラミティ・フォークロア- に続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る