第五章:厄災の都市伝説 -カラミティ・フォークロア-
第266話:新体制
あの日から、ずっと病院は嫌いだった。
消毒液の匂いも白を基調とした施設内部も死に近いものを感じさせる。
六年前の楓人がしばらく世話になった場所であり、ここで今となってみれば良くないことも色々と考えたものだった。
そんな自分を思い出すのもあって病院は好きではなかったのだが、今回ばかりは楓人も嫌いな病院を訪れざるを得なかった。
蒼葉総合病院は管理局の息がかかっていて、変異者が別区画で管理されている特殊な作りとなっている医療施設だ。
「……俺の責任だ。悪かった」
翌日、カンナを連れて観賀山彗の個室を訪れた楓人は最初に頭を下げた。
彗は既に意識を取り戻しており、頻繁に通っている九重とも鉢合わせしても黒の騎士の正体を知られることを覚悟して謝罪の言葉を述べる。
元よりコミュニティーの為に積極的に動いてくれていた二人だし、近い内に彗と九重には正体を伝えようと思っていたのだ。
九重は楓人と直接の顔を合わせているからか予想より驚きはしなかった。
「いやー、ここまで若いとはね。別に謝る必要ないんすけどね。俺が失敗したってだけの話だし」
まだ顔色はやや悪いものの、彗は普通に喋れる程度の容体でまずは一安心した。
以前に“例え子供だろうとリーダーとして認める”と言っていた彗であるが、自分より若い男の姿を見ても失望した様子は見えない。
「ごめんなさい、私の力が足りなくて……」
「九重の責任でもない。ただ、俺がもっとそっちにも気を配っておくべきだった。まずは俺の失敗だ、謝って済むことじゃないけど筋は通させてくれ」
「いえいえ、こっちのミスで心配かけてスイマセン。これでお互い筋は通したってことでいいッスよね?」
これは事実だけを見ればどちらの失敗でもあるが、楓人はそれでも自分のせいだと心から思っているので謝罪した。
彗は精一杯やっただろうし、ミスが出るのは人間なら仕方がない。
失敗しても何とかなる程度の戦力を、念を入れて彗側に集めなかったのは怜司と話し合う時間も多くは取れないままで決断したリーダーの責任だ。
「ああ、それでお前が戻ってくるまでの後任は候補がいてな。心配しないでゆっくり療養してくれ。念の為に聞いておくけど、戻ってきてくれるか?」
「戻ってくるに決まってるじゃないっすか。で、代理ってのは?」
ちょうどその時、コンコンとドアがノックされたので楓人が一声かける。
入って来た人物を見て、彗も九重も驚き顔で楓人を見たのも当然だ。
「お見舞いに花ってダメなんだねー、初めて知ったよ」
スカーレット・フォースのはずの少女、天瀬唯だったのだから。
「これ、どういうことなの?」
「えっと、実は私に連絡が来たの。楓人に話を通して欲しいって」
カンナが口を開くと二人に説明をしていく。
楓人に連絡が来たのは昨晩のことで、唯からは彼女が置かれた説明があった。
言いにくそうではあったが、『エンプレス・ロアと一緒に戦わせてくれないか』と唯が申し出てきて楓人は全員に相談した上で了承したわけだ。
考える時間もろくになかったが、信用できるのかと懸念していた燐花も責任は楓人が持つと告げると最後には納得してくれた。
唯はスカーレット・フォースから事実上の除名をされたそうだ。
城崎からも今後の活動には参加させないと言われた唯は、“エンプレス・ロアを頼るように言ってある”と言い残した城崎の言葉に従って連絡を取ったらしい。
唯はメンバーとしてやってきたが、多くを知らされていなかった。時々、彼女と紅月の動きにズレが見られたのはそういう理由だったようだ。
唯がスパイであるとは楓人も疑っておらず、紅月がここまで露骨な手段で楓人達を監視するとは思えない。
「そういうわけだ。今は一人でも強力な変異者が欲しい。唯は俺達のことも助けてくれたし、今回も彗を救った。資格としては十分だと思う」
「まあ、助けられた素直に感謝しときますわ。色々助かりましたっと」
「いいっていいって。これお見舞いのふりかけね。ご飯、味気ないでしょ?」
少し高そうなふりかけ詰め合わせを机に置く唯。
病院食は飽きるとも言うし、適当なチョイスに見えて唯なりに考えられている。
「唯には俺から伝えた通りに動いて貰う、何か異論があれば遠慮なく言ってくれ。それと怜司と協力して、ウチの傘下の人員の指示を纏めるのもやって貰う。何かあれば俺に相談していいからな」
唯を信用していると言っても、万一の備えをしておくのがリーダーの務めだ。
楓人の直属に置きつつ怜司と協力させて監視下に置く程度の備えはあって当然で、受け入れただけでも本来は破格の待遇である。
とはいえ、彼女の戦力に期待しているのも本当でコミュニティー内でもトップクラスの変異者であることは疑いない。
少なくとも楓人や渡レベルの変異者であることは実証されている。
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