第264話:掴んだ証拠


 最後は苦しまずに逝かせてやろう、と榊木は自身の具現器の能力を一部起動する。


 望月の中では眩暈がした程度にしか感じていなかっただろうが、ギリギリのバランスで精神を繋ぎ止めていた彼はその揺らぎだけで絶命へと至る。

 榊木は約束通りに騙さずに、後ろから刃で刺し貫くこともなく望月を見送った。

 避けられぬ死へと向かう男に安らかな最期を与えただけに過ぎない。


 それが彼なりの仲間への弔いの方法だった。


「後は待つだけだ。人が大量に死ぬのなんて六年前が最後でいいとは思うけどよ。せめて、少しは人が死なないように手は打った」


 渡達に倉庫の場所を教えたのは、別に能力を持たない一般人を助ける為の間を与えてやろうと計らった結果だった。

 別に自分で救いはしなくとも、多くの変異者でもない人間の死体を見たいとまでは思わない程度の正常さを備わっている。


 彼が渡した情報は蒼葉市そのものを揺るがす火種になるだろう。



 エンプレス・ロアは想像することもなかったはずだ。



 そう、まさか。



「さて、アイツら……第二次大災害を止められるかな」



 ここまで、根本から全てが覆る真実を知らなかったなんて。


 その日は蒼葉市自体が大きく揺れ動くきっかけになった。



「…………っ!!」


 楓人が九重から連絡を受けたのは怜司と連絡を取った、ほぼ同時刻だった。

 人狼と交戦した彗が彼女を庇った末に負傷し、以前からメンバーには共有しておいた管理局の息がかかった病院の一つへと運び込んだ。

 そして、スカーレット・フォースの天瀬唯が二人の窮地を救ってくれたこと。

 彗は以前から楓人に恩義を感じて動いてくれたのは知っているし、命は助かる可能性が高いとはいえ病院へ駆け付けるのが人情だろう。


 九重の力が足りなかったとは言わないが、あちらにも対応力が高く屈指の戦力を持つ柳太郎を付けるべきだったか。


 人狼があちらに行く可能性を考えて人選をすべきだったのに、重要視していた渡側だけに戦力を集めたのは失策だったかもしれない。

 失策だったで済む問題ではないが、九重に容体が悪化した場合の連絡は頼んで今は彗の所には行かない選択をする。


「あいつには後で死ぬほど謝る。今は渡達と合流するのが先決だ」


「……ま、今はそうするべきよね」


 真島楓人はコミュニティーのリーダーだ。

 器でなかろうとメンバーは楓人を信頼して、集団の長であれと背中をおしてくれているのは紛れもない事実である。

 確かに彗のことは心配だし、責任を感じてもいるが怜司達が直面する問題を自分の目で見て今後の判断をするのが最重要だ。


 タクシーを止めて、念の為に近くまで来てから最短のバスを経由する。


 万が一にも変異者に尾行・監視されていた場合に振り切る為だ。

 辿り着いたのは蒼葉南の中でも西部。海に面する港には倉庫やコンテナがずらりと並んでおり、海には幾つか漁船が浮かんでいた。

 渡達はそれの一つ、海陽倉庫と呼ばれる区画で楓人達三人を待っている。


「やっと来たか。もう中はウチのメンバーを呼んで探らせてる」


「その榊木って男が鍵を落としていったんだっけか」


「今はこの手がかりに食い付くしかねえ。癪な話だがな」


 渡が手にしたカードキーには番号が刻まれており、これで入口を開いたのだろう。

 保存の為か日当たりがない倉庫内では十名程度のレギオン・レイドのメンバーが段ボールの中身を素早く開けていくのが見受けられる。

 開封作業組に交じって、本来はインドア派のはずの怜司に柳太郎達が同様に積み上げられた箱の開封に勤しんでいた。


「渡さん、これ……!!」


 不意にレギオン・レイドのメンバーの一人が声を上げ、渡と楓人は段ボールの中から出てきた紙束を順番に捲っていくも渡は愉快げに舌打ちした。

 楓人も驚いてすぐには目の前の現実を受け入れられなかった。


「どうしたの?何か……って、これ」


「ああ、そんな解り易い証拠が得られるとは思ってなかったけどな。まさかこんな所に隠してあるなんて思わないだろ」


 紙を横から覗くカンナもすぐに意味を理解して言葉を失った。

 この倉庫は別の法人が管理していることになっており、マッド・ハッカーとは結び付けられなかったはずだ。

 倉庫さえ突き止められれば管理局に開けさせることも出来ただろうが、それも不可能だったのだと今になって思い知らされた。


 変異薬エデンが売買される際には証拠を残さないと思っていた。


 現実で言う納品書や請求書を出された所で、そんな危険な書類をわざわざ保管するのは危険を抱え込む無意味な処理でしかない。

 信用ならば、その場で現金引換えに勝るものはないからだ。

 だが、マッド・ハッカーの烏間が管理していた倉庫となれば意味は変わるし、彼の慎重な印象を思えば徹底した管理にも得心が行く。

 

 恐らく烏間は試薬を行う候補として、表向きには購入者を管理する方法として名簿として管理していたのだ。


 同様に納品名簿があるのなら金の流れを綴った名簿もある。

 今、楓人達が目を通しているのが烏間が用意していた金の流れを記した変異薬の入荷リストという蒼葉市の裏側を映し出すモノだった。

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