第256話:マッド・ハント-Ⅱ


 しかし、柳太郎の糸が部屋に侵入した時に予想外の事態が起きる。


「アンタ、変異者か。外で話した方がいいか?」


 男が前を向いたままで、柳太郎に向かって声を掛けてきたのだ。キーボードに指を走らせながらも男は落ち着いたものだった。

 柳太郎の糸を事前に察するのは難しいが、この男はそれを瞬時に察知してもなお動かずに柳太郎の返答を待つ。


「ああ、外まで来てもらうぞ」


「オーケー、そろそろだと思ってた。おっと、会計くらいはさせてくれよ。金に関しては嘘は吐かないのが信条だからよ」


 男は立ち上がると悠々と会計を済ませて店の外に出る。

 黒髪に何本か紫色のメッシュを入れ、耳にはピアス、服装も迷彩柄のシャツに薄手の黒のジャケットと見るからに軽そうな男だ。

 外で待っていた渡達を見ても動じる様子も見せない男を連れて、柳太郎は中であった出来事を簡潔に説明した。


「話さえすりゃ殺しはしねえ。ここにいるのは変異者としては優秀な奴ばかりだ。逃げられると思わねえことだな」


 渡が威圧を掛けるも、“どうぞご自由に”とでも言うように男は肩を竦める。

 一同は近くにある河川敷まで男を連れてきて、まずは渡から暴力には頼らずに平和的に話を聞いてみる方針で尋問を進めた。

 男の名は榊木準斗さかき じゅんと、当然ながらマッド・ハッカーの所属で殺人サイトの管理の一部等を任されていた男だそうだ。

 マッド・ハッカーの一部のメンバーはまだ動いているらしく、一応は榊木の元にも時折は連絡が来る。


「調べればわかることだが、お前は殺人に参加していたのか?」


「いや、全く。以前に殺したのがゼロとは言わないけど、向こうから絡んできたのばっかだし。俺は人を殺す感触を楽しめる良い性格してないんでね」


 これだけの変異者を相手にしているのに、冷静なまま語る榊木。


 その飄々とした様子からは得体の知れなさを覚える以上に、渡は烏間と男から妙に似たものを感じ取っているのだ。

 烏間は人殺し自体に快楽を覚えていたわけではなかったようだが、その並外れた知識欲は変異者を解き明かす方向に向けられた。

 それ故に烏間はマッド・ハッカーを設立して、歪んだ実験を始めたわけだ。


 この男から、渡は同じく何かを楽しむような空気を感じている。


「では、なぜホームページの編集を続けているのですか?殺人の募集を再開したということは、貴方が関わっていると思われても仕方がありません」


「別に信じろとは言ってないだろ。HPを引き受けたのは、面白いものが見られると思ったからさ。無論、チンケな殺人なんかじゃ得られないものをな」


 怜司が挟んだ言葉に榊木はにやりと笑みを返すと、特に躊躇う様子もなく自身の行動についてを語っていく。

 烏間は殺人を計画的に行うことで、変異者の数を減らして管理すると共に変異者の秘密を効率的に解き明かそうとした。

 それとは目的が違うと言うのなら現在の目的に疑問が浮かび上がる。


「……殺人で得られないものだと?」


「それを探してるんだよ、ずっとな。代わりと言っちゃ何だが、アンタらの知りたいことを一つだけ教えてやるよ。蒼葉南の海陽倉庫を調べな。そこに重要なモンが保管されてる」


「仮にお前の言ったことが本当だとして、お前と烏間の目的が同じなら情報を漏らす利点はねえだろ」


「俺は烏間さんとは違う。俺じゃあんなに人を都合よく転がせないし、あの人みたいに人殺しを続けるのが方法が正しいとも思っていないわけ。ただ、あの人が見ようとした……見たモノには興味があるからな」


 少なくとも準備をして調べてみる価値はあると渡は直感した。

 この男からは烏間から漂っていた嘘の匂いは感じないが、何かを隠しているのは間違いはないので逃がす選択肢はない。

 少なくとも、殺人の手助けをしていたわけで拘束する理由としては十分だろう。

 マッド・ハッカーへの情報を吐かせるだけでも大きな進歩になる人間を野放しにするメリットはどこにもない。


「話しておくことはそれだけか?」


「ああ、話せることはこのぐらいだ。そろそろ帰ってもいいよな?」


「約束通り殺しはしねえ。だが、大人しく帰すと思うか?力尽くって意味なら随分と俺も舐められたもんだな」


「渡竜一、アンタが化け物なのは知ってる。それに他の奴らもエンプレス・ロアだろ?だけど、俺は昔から逃げ足だけは速くてな。話せることはな話した。不当な拘留はまっぴら御免だ」


 そして、渡が力を具現化して爪を突き付けようとした瞬間だった。


 男の口が呪文を呟く方がわずかに速かったのだ。



「―――纏え、ベリアル」



 ガクンと空間が揺れたように渡の目の前が揺れる。

 揺れる視界で視認した中では残りのメンバーも同じ症状に見舞われている様子を渡は認識して、辛うじて反撃に備えて身を引いた。

 具現器の能力に警戒して渡も備えはしていたのに、榊木が力を展開する速度はそれよりも遥かに勝っていた。


 彼らに傷一つなかったのは榊木にはそもそも渡達を害する気はなかった点と、メンバーに柳太郎がいたおかげに他ならない。


「ってえ、油断したつもりはなかったんだけどな」


 柳太郎が展開した糸の結界は何かが起こった空間に正常さを取り戻させていた。

 あれだけの速度でメンバー全員に影響を及ばす能力を持っていようとは、そんな変異者がいようとは予測できるはずもない。

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