第255話:マッド・ハント
目的地は裏路地にある、『穴ぐら』という蒼葉西にあるバーだった。
紅月が既に訪問している可能性が高いとはいえ、再び洗ってみる価値は十分にある場所と言えよう。ランプが吊るされた下に続く階段を三人で降りていくと、木造りのドアが見えた。
順々に吊るされたランプのおかげで足元は暗くはない。
「開いてる、か……。行くぞ」
ドアノブを軽く捻って見るとカギがかかっている感触はない。
二人に万が一の場合の気持ちの準備をさせるとドアをバタンを一気に開く。
さすがにいきなりの強襲はないとは思うが、どこからか楓人達が来る情報が漏れた可能性だって全くのゼロとは言い難い。
そして、店内を見た時に呆然とした。
赤、赤、赤、花が咲くように店内には紅色が咲いている。
店の中には吐き気がするほどの血の匂いと倒れる人間の姿。
「カンナと燐花、お前は外出てろ。人が死んでる」
人一倍に心優しい相棒達には見せまいと声を掛け、楓人は手前に倒れる男へと身を屈めて脈を取るも結果は解り切っていた。
当然ながら血の匂いに吐き気を堪えているし、人が死ぬことを日常的に味わってきたわけでもない。
だが、あの日に人がたくさん死んで無惨に潰れる所を見た。
そのせいで五名の死人を前にしても表面上は落ち着いた行動が出来る。こんなもの慣れない方がいいに決まっているのだが。
「少なくとも自殺じゃなさそうだな。全員とんでもない出血だ」
壁にまで散る鮮血、まだ乾き切らない膨大な出血と殺し方からして刃物で斬っただけには到底見えなかった。
そう、例えるなら獣か何かに食い殺されたように見える。とりあえず、これは楓人達だけで処理していい問題じゃない。
「死んでるって……どういうことよ!?」
「五人、膨大な血が壁にまで飛び散ってる。見ない方がいい」
「それって、紅月って奴が……?」
「いや、恐らくアイツじゃない。無意味に残虐な殺し方をする理由がないからな。むしろ、疑うとすれば
紅月は人狼と戦ったとは言ったが、捕らえたとは言っていない。
どこまであの男を信頼するかは迷う上に紅月からどう逃げたかと疑問はあるも、未だにアレは野放しのままと考えていい。
人狼が変異者の能力を喰らい続ければ、楓人ですら手こずるだろう。
近隣にも騒ぎになるので、こればかりは表沙汰にしないわけにもいくまい。
管理局に連絡を取って、警察が到着するのを確認すると楓人はその場を後にする。
管理局側から情報共有はされているはずで、説明できることは何もない。何か嫌な予感がする、仲間の方に合流すべきだと携帯の番号を呼び出した。
———時はそれより少し前に遡る。
怜司・明璃・柳太郎のメンバーは渡と合流すると情報を得たビル前に立つ。
管理局が突き止めたサイトの管理者からは幾つかログイン履歴があるそうだが、最も最近だったのがビルの五階にあるインターネットカフェだ。
最後のログイン履歴は一昨日と昨日、ここに滞在している可能性は高い。
「この店ってとこまでしかわかんねえのか?店側を締めれば一発だろうが」
「仕方ないでしょう。ここと分かっただけでも随分な進歩です」
「こうなったら全部のブース覗くしかねえか。さっき例のサイトに管理人から書き込みがあった。まだ、ここにいるのは間違いねえんだ」
「そうですね、では人選は一人しかいないでしょう」
楓人・燐花・カンナがいないだけで随分と落ち着いた雰囲気のメンバーだ。
柳太郎も賑やかし担当ではあるものの、いざという時には思慮深さを発揮するので知的グループも務まる人材である。
「……なんか、良い意味でウチっぽくない雰囲気だねえ」
「テメーらのリーダーと笑い女が騒がしすぎるだけだ。こっちのが随分やり易い」
二人の息の合ったやり取りを見て明璃が苦笑する。
渡からも恐れることなく正面から言いたいことを返してくる燐花のことが、決して嫌いではなさそうだが。
「じゃ、オレの出番だな。ミスったら尻ぬぐいは頼む」
「ああ、行ってこい。捕縛にも適したお前が一番いいとは思っていた所だ」
その中で柳太郎が名乗りを上げ、渡は怜司の首肯を確認した上で許可した。
渡竜一はこのメンバーの中では所謂、リーダー代行とも言える立場だ。
楓人からも彼には何かあれば怜司と相談した上なら、ある程度は独断でメンバーを使っていいと言われている。
渡の頭脳と判断力は楓人も信頼する所で、楓人がこの場にいない理由でもある。
柳太郎の正体は渡にも話はしており、白銀の騎士として暗躍し続けた実績は信頼に足ると渡も評価していたのだ。
柳太郎は正式な手続きを済ませ、客として店へと潜入する。
一人で暗い店の中を移動すると、部屋の中を覗き込む行為を繰り返す。
通路が狭いせいで複数人の活動が面倒だと判断して今回は一人で動き、表とビルの裏で念の為に制圧力の高いメンバーが監視を続ける流れになる。
「……成程、こいつか」
ついに柳太郎はマッド・ハッカーのホームページを使用する人間を見つけた。
後ろ姿では定かではないが、ピアスを幾つか付けて左腕には羽根型の入れ墨がある二十台程度に見える黒髪の男だ。
柳太郎はドアの隙間から糸を這わせ、白銀の能力を一部だけ具現化した。
黒の騎士と異なり、柳太郎は白銀の鎧を纏わずとも能力の多くを使用できる。
鎧を纏った状態の方が強力で、糸の総量も膨大になるだけの話。
蜘蛛の如く、離れた場所から獲物を捕獲すべく精細なコントロールを行う。
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