第254話:接近

「利用するだけ利用して捨てるつもりか。仲間に対する情はあんたにとっては必要ないもんなのかよ」


「俺とて彼女のことは嫌いではないが、哀れみで俺達と行動を共にさせる方が不憫だろう。天瀬を残すことは情とは言わないし、俺達は慣れ合うチームではない」


 天瀬唯と行動を共にすることも多かった界都は気が進まないように、苦い表情でリーダーに正面から苦言を呈した。

 とはいえ、淡々と応じる紅月の意見が正しいと界都自身も肯定するしかない。

 唯はこれから先を戦い抜くには元来の性根の良さが必ず邪魔をする。

 それに以前からいずれは唯を突き放すことがわかっていたから、以前に界都は唯のことを頼むと黒の騎士に頭を下げたのだ。


「わかってるよ。アイツのことは説得する」


「敵として俺の前に立つなら容赦はしない。それだけは伝えておくことだ」


「ああ、アイツがそこまでバカじゃないことを祈る」


 無論、紅月とて従わない者を殺す快楽殺人者の類ではない。

 必要のない犠牲は避けて来たし、唾棄すべき悪だと断じる存在でなければ命を極力奪わずに戦ってきたのは間違いない。

 だが、時には理想の為には冷徹になれるのが真島楓人との大きな差だった。


「そういや、いつ動くんだ?」


「まずはエンプレス・ロアが人狼を排除するのを待つ。管理局も変異者と人狼の交戦データが欲しいはずだ。再び収監されるのも御門の予測済みだ」


「管理局は黒の騎士を利用しようとしてるってことか」


「今回に限ってはそうだろうね。それだけ管理局も人狼のデータだけは絶対に手にしたいはずだ。しかし、これはまたとない好機。管理局と黒の騎士双方に多少の手助けをしてやろう」


「……あんたを敵に回したくないもんだな」


 最強の変異者、紅の王は変異者と大災害の真実に最も近い男だ。

 そして、今までも陰で情報をコントロールしてきた彼は慎重に盤面の駒を気付かれないよう少しずつ動かしていく。

 ハイドリーフというコミュニティーを立ち上げたのも情報操作の一環。


 同時に殺すべきでない人間の選別の意味もあった。


 罪なきものには救済を、それが紅月の根底にある理念の一つである。

 ハイドリーフの人間を不要に傷付ける必要はないと基準が出来るし、数の多さで情報を捻じ曲げることも容易になる便利な組織なのだ。


「楽しみにしておくといい。明日、事態は確実に動くだろう」



 紅の王は温度の低い笑みを作ると、近い未来を予言してみせた。




 ———そして、翌日にエンプレス・ロアは活動を開始した。



 事前の計画通りにメンバーを配備して変異薬のルートを辿りにいく。


 ただし、管理局から情報が入ったことによって移動先が変わる。


 予定通りに楓人・カンナ・燐花が変異薬の取引先だったという蒼葉西のバー。

 怜司・明璃・柳太郎はマッド・ハッカーが使用していたサイトの運営場所に踏み込むことになる。ここには渡も合流して貰うことになっていた。

 九重と彗には過去に他に変異薬の取引先の可能性がある場所を回って貰う。

 管理局も今回はレスポンスが早く、どう突き止めたのか知らないがあっさりとサイトの運営場所を割り出していた。


 サイトの運営に全戦力を投入しないのは、蒼葉西のバーで新たな情報が得られた場合はすぐに移動することになるからだ。


 変異薬が動き出している以上は急いで方を付けるべきだだろう。

 楓人達三人の移動は電車で、蒼葉西駅のホームから降りながら普段通りに会話を繰り広げていた。もしかすると戦いになる前かもしれないのに、雑談が出来る辺り場慣れしてしまったものだ。


「何だかんだでこの三人で行動することが多いよな。バランスは良いし」


「あんたが選んでるんでしょ。そんなにあたしがお気に入りなわけ?」


「当たり前だろ、気に入ってるから仲間に誘ったんだよ」


「……っ、それはどーも」


「何照れてんだ、別にからかってるわけじゃないぞ」


 からかおうとしてきた燐花に対して、真っ向から言葉を投げ返す。

 ストレートで真剣な言葉には照れ臭さを抑えきれない弱点はとうに把握済みだ。もちろん、言葉の内容が嘘ではないからこそ通じる反撃手段である。


「楓人はこういうとこストレートだからねー……」


「あんたは慣れてるかもしれないけど、あたしはそーゆーの苦手なのよ。楓人、こっちにも何か言ってやんなさいよ」


「一発ギャグじゃねーんだから無理に決まってんだろ」


「ほら、カンナだって欲しそうな顔してるじゃない!!」


「し、してないよっ!!貰えるなら貰っとくけど……」


 相変わらずカンナと燐花は仲睦まじい様子で何よりだ。

 時々、何やら相談もしているようだし初期メンバーの女子同士と格別の信頼関係が築けているようだ。

 しかし、さすがに目的地に近付くにつれて三人とも会話がなくなっていく。

 戦いの前になれば緊張感を持てるのは、誰一人として変異者との戦いをただの遊びだとは思っていない証明だった。

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