第253話:王の思惑

「そんじゃ、早速やってみっか。場所は見つけてあるのか?」


「俺達が前に使ってた特訓場所が幾つかある。ちょっと暗いけど何とかなるだろ」


 黒の騎士は更なる進化を求めて動き出す。


 戦いを止める為に力が要る矛盾は自覚するも、命を奪わずに戦いを終わらせる為には相手より数段上の力を持たなければならない。

 加えて、最終的には紅月と戦って勝つだけの域に辿り着くのは絶対条件。今は完全な敵対関係とは言えないが、いずれ二人の道が交わる時が必ず来る。

 スカーレット・フォースは決してエンプレス・ロアとは最終的には相容れない思想を持っているのだから。


 設置された街灯で辛うじて視界が確保できる小高い丘の頂上広場で、楓人はもうすっかり慣れた呪文を呟いた。



「来い……アスタロトッ!!」



姿を現した漆黒の騎士は、今日も夜の闇に溶けた。




 ———同刻、管理局敷地内にて。




「さて、こんな時間に訊ねてくるとは珍しい。今日は何の用かね?」


 局長室にて、部屋の主である御門は二名の来客を迎えていた。

 一人は特に戦闘の意志はなくとも静かな威圧感を纏う紅月柊、もう一人は彼の数少ない気を許す相手の城崎界都で相変わらずの仏頂面である。

 二人とも強力無比な変異者でもあるにも関わらず、相対する御門は微塵も恐れる様子なく来客を泰然自若と出迎えた。


「急を要する用件がありましてね。定期連絡を兼ねてです」


 紅月は遥かに年上である局長には敬語を使うことにしており、立場は対等であろうとも表面上は礼儀を知らない男ではなかった。

 紅月は必ずしも管理局と組む必要もないが、持ちつ持たれつの協力者という立ち位置を保っている以上は余計な傲岸不遜は控えるべきだ。

 無論、本当の所は紅月は管理局を信頼できる協力者と思ってはいないが。


「そういえば、そちらに引き渡した男はどうしていますか?」


「容体が安定していなくてね。集中治療中で今は会わせられない」


「成程、無事に収監はされているようで何よりです」


 紅月は意味ありげに呟くも御門も特に気にした様子もない。

 しかし、最初に白々しいまでの当たり障りのない会話の応酬から唐突に踏み込んだのは紅月側だ。



「それを真島楓人には伝えなかった理由は?彼は人狼が管理局に収監されていることを知らない。管理局の協力体制に疑問を抱かざるを得ませんね」



 紅月は御門の思惑を全て調べ上げたわけではない。

 しかし、何らかの研究を行う目的があることまでは辿り着いており、御門はエンプレス・ロアには人狼を捕獲したことを伝えまいと事前に推測していた。

 変異者に関する研究を進めるのに最適な人狼という逸材を、御門が独占しようとするだろうと紅月は読み切っていたからだ。

 故に紅月は御門の思惑を確信に近付ける為に、黒の騎士にはあえて管理局に人狼がいる事実を伏せた。


ついでに変異薬の成功例の研究結果は紅月にも得難かったのもある。


「伝える必要がなかった。彼も君も管理局にとっては大切な協力者だ。しかし、我々も均等に情報を渡せるものではない。我々は仮にも公的な機関だし、誰にどんな情報を渡すべきかは相手によって変わるものだ」


「成程、そういう体裁か。まあ……いいでしょう」


「逆に聞くが、真島くんに当局を探れと言ったのは君かな?」


「さあ、俺は知りませんね。疑われる事をしたのは管理局側でしょう?」


 互いに腹の内を語らないままで相手の矛盾を突こうと言葉を交わす。

 和やかな会話のフリをしながら互いに腹の探り合いをしているのは、口ではどう言おうが本当の所では相手の思惑を掴み切れていないのが単純明な理由。

 だが、二人がある秘密を共有しているのが最も厄介な点だった。


 それ故に地雷を踏まずに、地中を探るような繊細な情報戦になる。


「そうか、君を疑ったわけではない。申し訳なかった」


「疑ったのは俺も同じです。ああ、そうだ。ついでと言ってはなんですが何人か会っておきたい変異者がいます。手配して貰えませんか?」


「ああ、案内させよう。いつもの情報収集かな」


「何人かに聞きたいことがあります。彼らは最も貴重な情報源ですからね」


 そして、紅月と城崎は独房を回って変異者達と短い話をし続けた。

 管理局の中に収監されている変異者達は過去に何かの事件を犯した者であり、紅月は彼らに話しておくべき重要な話を今日は持ち込んだ。

 

 全員を合わせても三十分と少し、紅月は管理局を出るなり城崎を一瞥した。


 呼んでおいた迎えの車がある場所へと歩を進めながら紅の王は口を開く。


「やはり、来ておいてよかった。管理局も動いているようだ」


「本当にあんたの言った通りだな。まさか———」


 紅月の言葉に反応した城崎はため息と共に呟いた。



「あんたが捕らえた人狼ワーウルフを放し飼いにしてるとはな」



 ”無事に収監されているようで何より”の発言で、紅月は人狼を管理局が収監せずに解き放ったはずだと指摘した。

 紅月の元には収監されたはずの人狼の目撃情報が来ていたからだ。

 そして、収監者達から聞いた話で管理局が人狼を利用して何かしようとしていることは確信と言っていいものに変わった。

 管理局とて人をを無駄に死に至らしめようと思っていないだろう。


だが、管理局には変異者の全てを解き明かす目的がある。その為ならば多少の強引な手段を取る組織になってしまった。


何か制御する首輪は着けているだろうが、犯罪者を解き放つ行為は本来は管理局には許されざるものだ。要するに管理局とは決して、人類を一人残らず救う為に存在しているのではない。


「予測の範囲内だな。人狼はエンプレス・ロアに任せよう。無論、最低限の助力はするつもりだ。その間に準備が必要だ」


「ああ、それで天瀬はどうすんだ。アイツは俺達のやってることに反対するかもしれねーぞ」


「前にも話したが界都に一任しよう。仮にも仲間だった者で決して悪人ではない。しかし、彼女の役目は終わった。コミュニティーを去るように勧めるのが双方の為には良いだろう」


 最初からスカーレット・フォースとは本質的には二人のチームだった。

 紅月は目的の為にコミュニティーという形で参戦し、今こそ長くかかった大望の成就は目の前へと迫っている。

 天瀬唯という少女はあくまでも臨時のメンバーとしての立ち位置で、紅月は命は助けるも役割の無い不要な人間だと切り捨てた。

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