第257話:遭遇
「ちっ、逃がしたか……」
渡は苦虫を嚙み潰したような顔をしながらも、手がかりは得たと気を取り直す。
油断をしたつもりはなかったので出し抜かれたのは榊木の変異者としての能力の高さ故としか言いようがない。
あの展開速度には後方で警戒を怠らなかった怜司ですら完全に虚を突かれた。
あれに対抗できるのは最初から鎧を纏った黒の騎士くらいのものだろう。
「良くはねえが、まずはこの足で倉庫とやらに向かう。リーダーにはお前らから連絡しておけ」
「時間を置けば手がかりが失われる可能性もありますからね。私からリーダーには連絡を取りましょう」
今回は楓人からも言い含められているし、渡が指揮を執ることに誰も異論は挟むことなく次の場所に足を向ける。
燐花がいれば文句の一つも出たかもしれないが、渡にとっても察しがよく作戦を一から十まで共有するまでもないメンバーは動き易い。
特にこの怜司という男は渡と同じレベルで思考を働かせて動ける男だ。
「怜司……だったか。お前は特に使える。職なしになったらウチに来い」
「残念ながら私は生涯、リーダーの店でコーヒーを煎れるつもりですから」
「はっ、アイツがくたばらなきゃ来いとは言わねえさ」
渡が呼び止めたタクシーに四人で乗り込み、現地付近まで移動する。
代金がどうのと騒ぐ程度の稼ぎではない渡は車で向かった方が時間効率も良いと判断して移動手段を選択した。
その時、ちょうど怜司の携帯が鳴ってリーダーからの連絡が届く。
「はい、私ですが……何かありましたか、リーダー?」
確かに楓人側でも怜司側でも大きな何かが起こったのだ。
しかし、本当に大きな何かが起きているのはもう一箇所である。
すなわち、別動隊で動いている九重と彗の方で異変は起き始めていた。
———ほぼ同刻、廃工場にて。
「いやー、まさか女の子と二人でこんな所に来るとは……風情も欠片もあったもんじゃないっすねえ」
「ヘンなことしたら刺すからね」
以前に楓人達が戦いを繰り広げた所から徒歩一分の別の敷地。
そこにある一棟、観賀山彗と九重若葉は人気のない工場を歩いていた。
周囲には人の丈ほども伸びた雑草が囲んでおり、明るい中でもボロボロに剥げた建物の外壁や錆びた門は不気味さを残している。
彗も何だかんだで約束を守る義理堅い男だと初めてレギオン・レイドの拠点戦で会話した時から察しており、九重も本心で言えば警戒はしていない。
「俺、信用ねーなぁ。それにしてもやけに張り切ってるように見えるけど何かあったんすか?」
彗から軽い様子で男にしては少し長めの髪をがしがしと掻く。軽口を叩きながらも周囲に張り巡らせた神経の糸は解かない。
二人がこの場所を訪れたのはマッド・ハッカーに関して調べた時にこの場所に触れると思われる掲示板の書き込みを見つけたからだ。
ハイド・リーフの人海戦術によって細かいキーワードまで連携して調べ抜いて出てきた細かい情報を検証するのが二人の役目だった。
「だって、あの黒の騎士さんが私を頼ってくれたんだよ?そりゃ気合十分どころじゃないよ!!」
「意外とミーハーっすね。ま、あの人に惹かれるのはわからないでもないか」
「えっ、観賀山くんてそういう趣味?」
「いや、全く。俺にとってリーダーは救いなんすよ。世の中には俺も含めてクズばっかだけど、あの人ほど良い意味で馬鹿になれる人がいる。それを実感するだけで俺は自分がもっとマシになれるって思うワケ」
それを教えてくれた楓人に彗は心から感謝も尊敬もしていたし、相手が恐らく自分よりも若い男だとしても関係なかった。
『誰だろうがクズはクズ、凄い人間は凄い』と割り切れる。その純粋さも素直に黒の騎士の傘下に着くと決めるのには一役買ったのかもしれない。
そして、敬意に応えるように楓人は彗に重要な役割を任せてくれた。
自分がマシな人間になれると教えてくれた男、戦う理由として十分だ。
「……うん、ちょっと私も解るかな」
工場入口の錆びた鍵を角材で強引に叩き潰して、互いの気持ちに近いものを覚えつつも二人は内部へと進む。
電気などは通っているわけもないが、埃が舞う中で外の日光だけが頼りだ。
「何か積んであるけど……あれ何だろ」
九重が壁際に積んであったダンボールを覗き込むも中身は空だ。
仮にこの工場内で変異薬が取引された過去があるとしても、手がかりを簡単に残してくれるなら苦労はしない。
「ん……?何か———」
目敏い彗がダンボールの表面に何か文字が書かれているのを見て覗き込む。
九重もそれに気付いて、室内の暗さで見えにくい文字を更に覗き込もうとした。
刹那、残された窓ガラスが粉々に砕け散ったのはその時だった。
「外、出るぞッ!!」
彗が咄嗟に九重を抱えて、工場の逆側のドアから脱出すると素早く状況を整理する。
あの窓から見えたのはまるで黒い獣のような爪で、この工場が以前にマッド・ハッカーと関りがあったとすれば敵が潜んでいてもおかしくはない。
その可能性を考慮していたが故に彗は最初から警戒を怠らなかった。
「ありゃりゃ、思ったより大物ッスね」
「どうしてここに……」
目の前に立つは深い紫色の装甲を持った獣と見紛う姿。
「
直接に九重は相対したことはないが、話に聞いている通りの姿だ。
中身は人間だと聞いているものの、本当に人間かと疑わしくなる宝石染みた瞳が狂気を宿して二人を見据えた。
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