第246話:別ルート
人形師は第二収容区画、つまりは二階の端に収監されている。
『ああ、ようやく来たか。待ちくたびれた』
よく過去を思い返してみれば、楓人とカンナが西形の声をこうして面と向き合って聞くのは初めてだった。
どこか気怠げな声が返ってくるが、まるで二人の来訪を待ちわびていたような言い方に楓人とカンナは眉根を寄せて顔を見合わせる。あえて察するならば紅月に何か吹き込まれたのかもしれない。
「紅月からは我々には何も喋るなとでも言われましたか?」
『むしろ、その逆だ。僕の知っていることは全て喋ってやれってさ』
「……何のつもりだ、あいつ」
思わずほんの小さな声で呟いてしまう程に、紅月が言い残したことが事実ならば不可解極まる事実だった。
紅月は電話で情報を落としてきたように、意図的にエンプレス・ロア側に情報を流そうとしている節は確かにある。
特に管理局に対して調べるように促してきたのは、管理局と楓人達を争わせる為だと考えるのは短絡的が過ぎるだろう。
それならば、特に九重が活動していた偽物の黒の騎士など、格好の可燃材料だっただろうに紅月は手を出してこなかった。
少なくとも、すぐに楓人達を害する気は先方にもないと考えていい。
信用するには早すぎるが、正しい情報を与えて何かをさせようとしている動きが見える内は、こちらも思惑に乗っておく方が得るものは大きいか。
「私がお聞きしたいのは、マッド・ハッカーについてです。彼らが、特に烏間が裏で行っていた活動について知っていることはありませんか?」
少なくとも初対面かつ顔を見えない状態では、礼儀正しく接しておいて損はない。
相手がどんな人間かの判断材料も少ないので、普段のようにある程度は雑に接する所から入るのは得策ではないだろう。
烏間が行っていたのは特に変異者への殺害業務だとは知っており、ふざけた窓口まで方々に存在したことも明らかになっている。
しかし、まだまだあの組織には裏があったはずだ。
『マッド・ハッカーのことは僕も詳しくは知らない。ただ、取引現場に身代わりを立たせる為に僕が力を貸したことはある』
「それは何の取引ですか……?」
『見た所だと赤い錠剤みたいだったよ……。アレが何かは僕も知らんね』
薬に限らず取引には誰かが立ち会わなければならないリスクがある。
そこから組織の足が付くこともあれば、取引が為されなかった場合は犠牲を出す羽目にもなってしまう。
だが、この男の能力があれば代理で人形を寄越すことも出来れば、周囲を囲んで相手に脅しをかけることも出来る。確かに人員不足を補う為やリスク回避には非常に有用な能力だろう。
そして、この男が言う紅い錠剤とは間違いなく
やはり烏間は陰で変異薬の取引に手を染めており、紅月が電話で提供してきた情報は本当だと明らかになった。
だが、未だに明らかになっていないのは変異薬の製造元だ。
マッド・ハッカーでは変異薬を製造するまでの技術はなく、製造施設も簡単に抱えられるものではない。
ただ、試薬の前に必要なものが何もかもが足りていない。
「その錠剤はマッド・ハッカーで製造を?」
『仕入れ元があるという話は聞いたことがある、と言っても僕も烏間から信頼されてはいなかったから具体的な話はなかったよ。ただ、薬が取引されていた場所は知ってる。今はもう紅月が行っているだろうけどね』
「それでも構いません、場所を教えて下さい」
『蒼葉西区のバーだよ。確かバーの名前は―――』
一応、場所までは聞き出したものの紅月が楓人に連絡してきた頃には、とっくに手が回っていたことだろう。
そうなれば念の為に話を聞く意味はあるだろうが、紅月を出し抜いて先に変異薬の製造元に辿り着く為には同じルートと辿っていては駄目だ。
管理局にも今回の様子では具体的な調査にはあまり期待できないかもしれない。少なくとも調査を行う対象を絞らなければ同じこと。
「今から幾つか質問をさせてください。まず、一つ目ですが―――」
楓人が投げかけた質問に対して、西形は特に嫌がる素振りも見せずに答えた。
まるで憑き物が落ちたように、犯罪者だったとは信じられないほどに素直に楓人の質問に対して丁寧に答えていく。
ついでに確認したのはドッペルゲンガー事件の真相も含まれたが、あれはエンプレス・ロアに対する誘導と西形の能力を成長させる為の儀式だったそうだ。
過去の事件の真相がわかったのは収穫だったが、それより今はこれからの話だ。
情報を探る当ては他にある、楓人は思考を回転させながら質問を続けた。
今ここで確かめるべきことは幾つかあるが、明確に紅月と違うルートから探る方法は恐らく一つしかない。
エンプレス・ロアが得意としている分野で、紅月が追い切れないだろう場所。
「マッド・ハッカーが情報を獲得した場所……例えばネット上で心当たりは?」
そう、インターネット内でエンプレス・ロアとハイドリーフより情報を得られるコミュニティーは存在しないはずだ。
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