第245話:人形師

 変異者が作り出すのは物理現象という共通認識はある意味で正しかった。

 しかし、正確には他者をも巻き込んだ認識阻害能力で非現実を現実にしてしまう性質が近いということか。

 それであればカンナが具現器アバターと人間を自在に行き来できること、兵装を多彩に変化させられることの説明が着く。


 カンナが人間と具現器の性質を持つのは、変異者として覚醒しつつも命を落とそうとしていたカンナが楓人の力と融合した結果だ。


 しかし、それを自在にコントロールしているのは無意識にしろ意識的にしろ、楓人とカンナの共通認識によるもののはずだ。

 彼女を人間だと意識するが故に戦い以外では人間としての性質が強まり、戦いでは相棒と認識するが故に姿を変える。存在とは強烈な認識の変化によって如何様にでも変わるものだ。


 敵と認識すれば悪にもなり、味方と認識すれば善にもなるように。


「無論、変異者となった人間の多くには苦しみが付き纏う。しかし、誤解を恐れずに私はあえて言おう。これは人類に与えられた進化の機会だ」


「俺は変異者になったこと自体は後悔していませんけど、肯定的に捉えるられる人間は一部じゃ?」


「しかし、変異者の力が生み出す変革の可能性は無限だ。医療を始めとした多数の人類が踏み出せなかった地平の踏破だ。研究が進めば変異者の力を抑え込むことも可能だろう。結果的に皆が救われるとは思わんかね?」


 楓人は御門が静かに語る理想を楓人は決して間違っているとは言えない。


 例えば、変異者の力を応用・機械化すれば今まで手を加えられなかった病気の治療が可能になるかもしれない。

 物理現象すら捻じ曲げ、時に自然の法則すら無視する変異者の力が長期に渡って検証され続ければ確かに人間は変わる可能性がある。

 それだけの発展性を見出したからこそ、蒼葉市には国の息がかかった都市人類管理局と言う団体が居座っているのだろう。


「そうですね。手段に問題がなければ素晴らしい考えだと思います」


 御門はこれだけの研究結果を後出しにしろ共有して、信頼の回復を測ろうと見込んでいるのは簡単に想像できる。

 だが、本当にこれだけが全てなのかと楓人には疑念が未だに残っていた。


 例えば、本当に変異者同士の認識だけで具現器という現象が成立しているのか。


 脳の変化が鍵だとすれば、時間をかけずに起きた急激な変化には大きなきっかけがあったと考えていい。

 そこまで研究を進めながら、原因には何も言及されていない。大災害というきっかけがありながら『原因が全く解らずに変異者の力のメカニズムだけ判明しました』なんて都合のいい研究があるものだろうか。


「変異者発生の原因は何も解っていませんか?」


「根源とは究明が非常に難しいものだ。今を生きる我々も命が誕生した原因に確固たる答えは出せない。管理局われわれの力不足を痛感するばかりだがね」


 しかし、答えに窮する返答を述べる御門に対して楓人が踏み込む余地が次第になくなるのを感じていた。

 多少は頭が回ろうが、場数を踏んでいようが、どちらも御門という男の前では限界があると突き付けられた気分である。

 一定の成果を示された上で力不足とまで認められてしまっては、あまり突っ込んだ話も出来なくなってしまった。

 明確な拒絶をすることなく、御門は楓人の追及をあっさりと抑え込んだわけだ。


「わかりました。今後も何か進展があれば出来るだけ早く知らせてください。今後の活動方針にも関わりますから」


「そのようにしよう、繰り返すが君達は大切な協力者だ。例えば誰か面会を希望する変異者がいるのなら便宜を図ろう」


「……はい。それなら連続転落事件の犯人、西形と会わせてください」


 最初から楓人が御門への探りの為だけに来たのではないと見抜かれた。

 さすがに楓人のような若輩者では敵わない場数と経験を積んでいるだろう御門は楓人の申し出に対して予測していたように首肯を返す。


「手配はしてある。会ってくると良い」



 そして、職員と思わしき中年の男性に案内されて二人は局長室を辞した。



 人形や物体を操る変異者だった西形の身柄は、渡と約束したらしい紅月から引き渡されたと管理局側から聞いていた。

 当時は正体不明の男から、と聞いていたが管理局と紅月の繋がりが確定した今となっては紅月が正式に引き渡したのだろう。


 相変わらず、収容所は無機質な白い壁が続く廊下にあった。


 部屋には厳重なドアに電子錠。脱走を防ぐ為に外からタブレットを用いて会話するのは前回と同じ方法だ。

 前回と違って案内を行った人間は一度去って自由に面会することが許された。

 御門の詫びつもりか知らないが、特別に取り計らうように言われているようだ。


「エンプレス・ロアの者です。西形さんですね?」


呼吸と共に気持ちを落ち着け、収容室内に繋がるタブレットに静かに語りかける。

この男はマッド・ハッカーの内情を知る可能性がある数少ない人間だ。

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