第238話:具現器との向き合い方

「男の子の友情ってっていいよねぇ。何かこう、正面からぶつかって分かり合えてるって感じで」


「お前と椿希も似たようなもんだと思うけどな」


 もう一本と泳ぎ始めた柳太郎と光を眺めながら、プールの淵にちょこんと腰掛けたカンナが声を掛けてくる。

 確かに楓人の周囲には率直に意見を言ってくれる人間が多いおかげで、コミュニケーションが本当に取り易くて助かっていた。

 カンナと椿希のやり取りはお互いを気遣いながらも、相手を尊敬し合っているのが目に見えるから端から見ても心地よいものだ。


 カンナだって変わっている、成長している。


 それを意識すると共に楓人はどう切り出すかをしばし躊躇っていたことを、彼女に真っすぐに告げることにしたのだ。


「ここでする話じゃないのはわかってるから、返事は今じゃなくていい。だけど、言わせてくれ。俺は———」


 彼女はきっと、そんなことは望まないかもしれない。

 全てを告げなくても楓人がカンナに何を望んでいるかを、パートナーにはすぐに理解できてしまうことだろう。


 それでも、ここままでは恐らくは何も守れないから。


「―――俺は、もっと強くならなきゃいけないんだ」


「……うん。いつか、そう言うと思ってたけど」


 カンナはやはり気が進まない様子だったが、楓人の覚悟が生半可なものではないと悟ったのだろう。

 変異者も年月を経て進化しており、紅月柊のように今のままでは確実に勝てない相手だって存在しているのだ。

 カンナと二人で、皆で築き上げた黒の騎士は変異者としてのスペックは未だに群をを抜いていることは間違いない事実だった。


 だが、それを超えるものに勝たなければならない時が来るのなら。


「黒の騎士は、負けるわけにはいかないんだよ。皆が笑って暮らす為にな」


 昔ほど黒の騎士が勝ち続けることが重要ではなくなってきたとはいえ、それでもエンプレス・ロアの根幹を支えるのは漆黒の伝説だ。

 現実に存在する神話的な存在は、力で捻じ伏せられるだけの人間からすれば希望にも等しい存在へと成長している。

 ここであっさりと敗北することがあれば、全てを手放しかねない。


 強くなる為の道筋は既に見えている、後は二人の気持ち一つ。


鎧装解放アームドバーストを使いたいってことでいいんだよね?」


「ああ、それが一番強くなれる方法だろ」


「……それじゃ、無理しないで出来る方法を私も考えてみるっ!!」


 ふんすと気合を入れ、カンナはもう決意したと言うように表情を引き締める。


「もっと反対されるもんかと思ってたけどな」


「今でも使って欲しくない力だけど、前みたいに無理して使うよりは安全に使える方法を探した方がいいかなって思ったんだ」


「……まあ、確かに緊急時には普通に使いそうだからな」


 アスタロトの装甲自体の解放無しでは、紅月の指先をわずかに傷付ける程度の出力しか望めなかった。

 真っ向からあの男に対抗する時が来るとすれば、少なくとも基礎スペックを飛躍的に向上させる方法を模索すべきだ。

 アスタロトの深奥、そこに至れれば恐らくは最強にも手が届くはず。


 二人で力を合わせれば、きっと限界を超えて強くなれる。


「楽しんでる途中に悪かったな。それで何か用事でもあったのか?」


 カンナは他のメンバーと遊んでいたはずで、競争しかしていない野郎三人チームの所に来たということは何か用事かと思ったのだ。

 そろそろ、全員で遊ぼうかと思っていた節なので丁度良かったのだが。


「皆と遊ぶのもすっごく楽しいけど、楓人と一緒にいたくなったから」


 表情を緩めると微かに頬を染めたカンナに、ただ照れるしかないのはいつものことだが楓人はゆっくりと息を吐く。

 彼女がこうして好意を真っすぐに伝えているのに、対等に正面から受け止めて居られていない自分が今まではいたのは否定できない。

“おう”だとか“ありがとう”だとか簡単なお礼で流すことが多く、その話題を掘り下げられるのを避けていたのかもしれない。


 返事をすると決意したからこそ、もう曖昧な態度は止めよう。


「ありがとな、俺もお前と一緒にいる時間は好きだぞ」


「……ふ、楓人がデレた!?」


「もうちょっとカンナが好きって言ってくれてるのを、正面から受け止めなきゃいけないなって反省したんだよ」


「むしろ私が一方的に気持ちを伝えちゃってるから、気にしなくていいのに」


 困り顔に変わったカンナが眉根を寄せるが、これはあくまでも楓人がこれからどうするかを自分で判断して決めたことだ。

 先程のウォータースライダーのようなアプローチの仕方はともかく、こうして言葉で伝えてくれるのは嬉しいものだ。

 カンナが真剣である以上、今までも適当にしていたつもりはないが真っすぐに素直な気持ちで応えてみよう。


「そう言ったらそうかもしれないけど、返事するって約束したんだし受け止める覚悟はしなきゃいけないだろ?」


 果たして、告白の返事をすると約束した変異薬エデン事件の解決がいつになるかは現段階ではわからない。

 それでも、約束は絶対に守るのが楓人が大災害から持った信条の一つだ。

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