第239話:突然の解明
人が変わらないものを守るためには、変わらなければならないこともある。
恋愛だろうが変異者絡みだろうが、恐れず前に進む覚悟はいつだって持っておかなければいざと言う時に答えを出せはしない。
「とにかく、強くなるしかないってことだね」
「ああ、
あれを根絶しなければ、変異者の世界と表の世界の境界線がなくなりかねない。
今日の息抜きが完了したら、こちらからも動いてみるとしよう。
雲を掴むような変異薬の出所の話は、こちらがどれだけ頑張っても何も情報を掴めない可能性もあるインターネットの面倒さを体現化した一件だ。
「どうした、楓人。泳がないのか?」
「いえ、ちょっとカンナと色々とカフェのことについて話をしてたんで」
「そうか。式場の選定が必要になったら俺に相談してくれ」
「いや、ここでそんな話をするわけないでしょうが」
「式場、かぁ……いいなぁ」
何かを夢想して表情を緩めているカンナは今は申し訳ないが、放っておくとして再びプールの中へ戻っていく。
受け止めると決めたものの、妄想にまでは全て反応は出来ない。それに想像の中であれば楓人のことは勝手に使ってくれて構わない。
その後、皆で合流して一緒に遊んだ。
久しぶりのプールに盛り上がって、バカみたいに笑って本当に楽しい時間を過ごしている内に空は夕焼けに染まりつつある。
更衣室まで戻ってきて、念の為に携帯を確認すると一件の着信があった。
全く知らない番号で相手も携帯電話。こちらの変異者との連絡用の携帯に掛けてくるということは、ろくな用件ではなさそうだが無視するわけにもいくまい。
「ふー、遊んだ遊んだ。って、どうした楓人?」
ロッカールームに戻って着替え終わった柳太郎が怪訝そうな顔をする。
「ああ、もしかしたら仕事かもしれないからな」
着替えは終えていたので、ロッカールームから出て電話を折り返す。コール音が何度か鳴った後に謎の電話番号の主は携帯越しに通話を開始した。
『突然、連絡して済まなかったね。俺が誰かわかるかな?』
「……さあ、心当たりはないな」
聞き覚えのある涼やかな声が電話口の向こうから聞こえてきて、紅い色を連想しつつも楓人は相手の確認から入ることにした。
万が一にも勘違いだった場合は目も当てられないからだ。
しかし、あの印象的な男の声を忘れるはずがないので、着信相手の正体はほぼ確信に近かったわけだが。
『スカーレット・フォースの紅月だよ。つれないな、今日はキミに良い情報を持ってきてやったのに』
「そっちのコミュニティーはリーダー以外は信用しているんだけどな」
『そういえば、以前は天瀬と界都が世話になったね。だから、という程でもないが
「それを渡す条件は何かあるんだろ?」
『いや、何もないよ。キミは受け取った情報を使うかどうか決めるだけだ』
“良い話には裏がある”というが話の内容を聞いてみるまでは何も言えない。
少なくとも対価を必要とする条件ではない以上、情報を受け取ること自体に大きなリスクが伴うことはなさそうだ。
そもそも、紅月が単独で変異薬に関わっていない確証もなく、敵の所在を明らかにする為にも大人しく話を聞こう。
「わかった、聞かせてくれ」
『実は先日、
「あれだけの能力を持つ変異者が、元は人間だっていうのか?」
『ああ、ここからが本題だ。変異薬の出所までは聞き出せなかったが、取引が最近で行われた場所は聞き出せた。それは―――』
なぜか無性に嫌な予感がしたが、楓人はそのまま聞くことにした。
変異薬はまだ正式な効力を得られる段階には至っていなかったならば、今までに実験的に試薬が行われていた可能性がある。
そして、その予感は現実になってしまう。
『美崎町、だよ。キミ達の運営するロア・ガーデンにも何かしらの情報提供はあったはずだ。そこで、変異薬を拡散させていた人間の一人が見えてくる』
「そうか、鋼の狼を操っていた男だな」
『ご名答。マッド・ハッカーの烏丸は俺に協力を要請する傍らで、俺にも知られないように変異薬の試薬に手を出していた。恐らくはその結果がアレだよ』
―――全ては、あの事件から始まっていたのかもしれない。
美崎町は鋼の狼が出現したと情報提供があった場所だ。
楓人達が関わった『鋼の狼』の事件は、変異者の特性でもある狂暴化の最終系だと管理局でも突き止めていた。
だからこそ、暴走が薬による効用であると想像できなくとも無理はない。
鋼の狼の操者は変異薬の売人を務めていた男であり、烏丸によって元の狂暴性を増幅させる試薬対象に使われた被害者でもあったのだ。
その為にも活動していたであろう、マッド・ハッカーに隠された秘密を烏丸は命を失ってもなお守り抜いた。
『変異薬は濃度を調整することで、効果にも振れ幅が出る。推測するに作り出した異形も濃度を人為的に増した結果だろう。キミ達を工場に呼び出したのも、試薬の意味もあったのかもしれない』
楓人と渡が出会った戦場で、交渉及び黒の騎士の抹殺が目的とばかり思っていたが、渡と戦った暴走変異者の性能を確かめる試験場でもあったのか。
紅月の話が全て本当なら、の前提付きの話だが筋は通っている。
それが真実だとすれば、変異者の大犯罪の多くは一つに繋がっていた。
鋼の狼、マッド・ハッカーとの戦いはまだ終わっていなかったのだ。
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