第236話:水辺の安寧


 恋愛とは中々にままならないもので、ここは友人の恋愛事情をあえて知らないが如く振る舞う方が良さそうだった。

 意地っ張りでもお人好しな友人は柳太郎の相手としては申し分ない。相談には乗るし、時に叱咤激励もするが、何でもすればいいわけではない。

 親しき仲にも踏み込まれたくない場所はあるはずなのだから。


 さて、それでは今日は思う存分に遊ぶとしよう。


「しゃあああ、行くぜッ!!」


 海に飛び込む海パン小僧のようなテンションで柳太郎はプールサイドに立つ。

 二人して若干ハイビスカスな海パンを履いて、着替えに時間がかかる女性陣より先にプール入口で待っていた。


「あれ、柳太郎。光先輩はどこいった?」


「子供用プールで座禅組んでるぞ」


「そうか、怜司もいない……って、もうデッキチェアでまったりしてやがる」


 男性陣は元より、気ままな人間が多いので既に行動を開始していた。

 怜司はいいとして、光は子供用の丈が低い噴水の中で薄っすらと座禅を組んでるのが見えるのは失笑を誘う。

 まるでモザイクのように変人の姿が見え隠れするのが失笑を誘う。


「あれ、あんたら二人だけ?」


 先に出てきたのは燐花で、フリル付きの清涼感のある空色のビキニがスレンダー気味の体に良く似合っていた。

 燐花は二人の視線を受けると、居心地が悪そうに身を縮める。

 あまり男子のこういう視線に晒されるのは慣れていないようで、照れ隠しに悪態を突こうとしているのが透けていた。


「べ、別にコメントなんかいらないわよ。あたしの貧相な水着姿なんて需要ないでしょ」


「って、言ってるが……柳太郎」


「卑屈になりすぎだろ、可愛いじゃん。オレには十分眼福だね」


「ふん、調子いいこと言っちゃって。どーせ、皆が来たらあたしなんてナスかカボチャにしか見えないわよ」


 拗ねる燐花に対して、柳太郎は例の如くにっと笑ういながら堂々と彼女の言葉へと正面から言葉を返して見せる。


「別にお前にしか言うなっっつーなら、言わねーけど?」


「……へ?はあっ?」


 目を白黒させて燐花がその言葉の意味を深く考えている内に、柳太郎は不意に目線を他の方向に投げる。

 その方向からは着替えに行っていた女子達が、こちらに向かって歩みを進めて来ている所だった。


「楓人、夏はいいもんだなぁ……」


「ああ、これには俺もテンション上がらざるを得ないな」


「やっぱり、あたしなんかカボチャじゃないの!!」


 視線を他所へとあっさりと奪われた柳太郎に、燐花が唐突にキレた。

 男して水着姿の女子軍団に目を奪われるなという方が無理だと擁護もしたいが、この二人のじゃれ合いも風物詩なので放置する。

 本気で喧嘩しているわけではないことは、一目瞭然だ。


「見ただけだろーが、お前にしか言わねえよ!!」


「ドサクサに紛れて口説くな、バカ!!」


「はいはい、末永く仲良くな」


 楓人は何気に仲睦まじい二人を置いて、女子達を出迎える。


 カンナは露出度自体はそう高くない白地のレース生地にも見える水着で、彼女の可憐さを更に際立たせている。

 椿希は蒼のワンピースタイプのものを選んでおり、燐花とカンナの中間程度であろうスタイルの良い体型によく似合っていた。肌の露出が一番少ない辺りからも性格が出ているようだ。

 同じくカンナ級のスタイルを誇る明璃もセパレート型の水着で、あまり露出の多くない翠色を中心にしたものを身に着けていた。


「皆、似合ってるぜ。もう今日は満足だ」


「……まだ泳いでないわよ。そういえば、光先輩は?」


「あそこにいる修行僧がそうだ」


「……あそこって、ぷっ、ふふっ」


 子供用プールで精神統一している男の周囲には、怪訝そうな顔の子供達が集まってきている様子は椿希のツボに刺さったらしい。

 光は群がる子供に気付いたのか、何かを穏やかな表情で話しているようだ。

 この人数だし、完全に固まって遊ぶのも難しいだろう。


 一緒に来てる以上は一緒に行動したいが、各々が楽しめるのが一番だ。


「プールといったらアレだよな。よし、行く奴は一緒に行くぞ。一回滑ったら戻ってくるから」


「あ、私も行くーっ!!」


「いいわね、私も少し滑ろうかしら」


「明璃はどうする?柳太郎と燐花は水かけ合って遊んでるからいいけど」


「私は後でいいや、フウくんも色々頑張ってね」


 ぱちんとウインクされて苦笑すると、楓人は二人の女子を連れてウォータースライダーへ続く階段を昇って行く。

 プールで何を頑張れと言うのか、と思わなくもないが明璃のエールは有難く受け取っておくことにしよう。


「そういや、プールも久しぶりだな。このメンバーだと初めてか?」


「そうね、まあ男女でプールに行くのもわりと珍しいんじゃないかしら」


「ウチは男女間に壁がない方だからなぁ……」


 都研やエンプレス・ロアではコミュニティー内でありがちな、『誰と誰は共通の知人を介してしか話をしない』という軋轢がない。

 根はお人好しが集まってくれたのもあるし、それは何だかんだ言って楓人ではなく最年長の光の功績ではないかと思うのだ。

 ただの変態の振りをしてるが、光は敏感に雰囲気を察して自分が叩かれ役になることで空気を壊さない配慮をしている。


本当は最年長らしい責任感と、頭の良さを兼ね備えた人物なのだ。

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