第235話:夏と恋の話とか

 確かに夏と言えば海やプールだし、自転車で行ける距離に大型プールはあるので距離だけ見ればコミュニティーの活動にも影響はないだろう。

 しかし、あまり連絡が取れない事態になりたくはなかったので、今までは交代で出かけたりと工夫を施していたのだ。

 今回は出来るだけ多くのメンバーで息抜きをさせてやりたい。


 というわけで、参加メンバーを募る傍らで楓人は電話をかけた。


「彗、すまん。今日の午後だけ、管理局からの連絡をお前に預けたい。ちょっとどうしても外せない用件があってな」


『別にいいッスよ、俺も今日は特に外出る気もなかったんで。じゃあ、何かあったら俺に連絡が来るってことで。出来ることは対応しときます』


「すまん、彗と皆の分の次の報酬は少し乗せとくから」


『普段はリーダーがやってくれることだし、別に気にしなくていいんで。まあ、貰えるものは貰っときますかね』


「……そういうとこ抜け目ないよな、お前。まあ、いいや。管理局には俺から連絡しておくから頼んだ。あ、それといつもの仕事を一つだけ頼みたい」


 報酬分の働きとして、彗にはあることを並行して調査して欲しいと依頼した。

 これは元からある仕事なので、特別に仕事を増やしたわけではない。

 その後に管理局に根回しはすぐに済ませ、プール参加希望者はカフェに集まれる時間をメッセージで送るように連絡をした。


 程なく参加メンバーからの連絡が集まった。


 カンナ・怜司・燐花・明璃・柳太郎・椿希・光とフルメンバー。

 都研とカフェのメンバーが勢揃いして、一同はカフェに集うことになった。


「新しい水着がお披露目できそうでよかったぁ。楓人にもいっぱい見て貰わなきゃいけないし」


「……お前、ガン見したらしたで言うだろ」


「そんなことないよ。だって……す、好きな人に見られて恥ずかしいのはあっても、困る女の子っていないと思うけどなぁ」


「雲雀さん、その発言はオーケーなのか?」


「う、うん。もう……その、楓人には好きって言ったから」


 かあっと頬を赤らめて下を向くカンナ。


 柳太郎はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべて、ちらりと楓人に向く。

 楓人はそれに反応して、肉体的な稼働限界はあれど動物園のフクロウの如く首だけでそっぽを向く。

 別に口止めをしていたわけではないし、柳太郎になら構うまいとカンナも判断しての暴露だろうが気まずいことに変わりない。


 ナチュラルに“好きな人が”と口にするカンナの鋼の精神には、もはや罪悪感と不安しかなくなっていた。


「何だ、返事してないのかよ。まあ、簡単にはいかねーか」


 柳太郎は何かを察したように、からかう表情を潜めてため息を吐く。

 何のことを言っているかは察する所はあるが、言い訳をする気はなくとも軽々しく返事が出来ない事情があるのは事実だ。

 そこをあまり突くのは本意ではないという柳太郎の気遣いだった。


 それでも、答えを出すべき日は近付いている。


「言い訳ばっかりしてられないしな。柳太郎、今度ちょっと相談していいか?」


「おう、厳しいことしか言わないかもしれねーぞ」


「むしろ、その方が有難い。アイツにも答え出すって約束したからな」


 小声で話し合う男二人を、カンナは怪訝そうに見つめていた。

 自分で考えた末の結論に責任を持つのは大切なことだが、人はそうして一人で生きていくには限界がある。

 甘えはしない、依存もしない、それでも誰かに相談するのは悪い事ではない。


 変異者に限らず、表の世界のコミュニティーで往々にして必要になることだ。


「よし、そろそろ誰か来るだろ。カンナも支度しとけよ」


「楓人……わ、私の胸をガン見しながら言ってない?別に、いいけど」


「わかった、じゃあ遠慮なく拝見させて貰おうか」


「そ、そこまで凝視するのはダメだってばーー!!」


 顔を赤くして、じとっと楓人を見返しながらカンナは前言通り怒らない。

 しかし、たまりかねて部屋へと逃走を開始した彼女を尻目に、楓人は悠々と自分の支度を開始していく。

 楓人の悪乗りに対して、羞恥心の限界は当然ながら存在したらしい。


「……ふう。さーて、俺の水着水着と」


「おい、一仕事終えた職人の顔止めろ」


「カンナのああいう攻勢は反撃し返すのが手っ取り早いんだよ」


「まあ、気持ちはわかるけどよ。椿希にやったら訴訟を起こされるぞ」


 どんな反応をするか見てみたい好奇心に駆られるが、相手によってしていい悪ふざけの区別は着いているつもりだ。

 椿希は半分セクハラ紛いの悪ふざけは嫌がるタイプだろうし、というよりもまだ生涯の内で試したことはない。

 柳太郎が自爆している様は時々見るが、それは絡み方も悪いと言えよう。


ふと、恋愛の話題になる中で柳太郎の方の状況が気になった。


「それで、柳太郎の方はどうなんだ?気になる相手いるって言ってただろ」


「あー、まあな。お前なら大体は相手の見当が付いてんだろ?」


「ああ、大体は見てればな。相談に乗った方がいいか?」


「いや、まだ大丈夫だ。ま、お互いそれなりにやってこうぜ」


 お互いに相手に手を差し伸べるべき時と、相手に考える時間を与えた方がいい時の区別は着いているつもりだ。

 恋愛に関しても同じ、色々な事情はあれど最後は自分の気持ちに正直になるしかない。そういう二人だからこそ、相手には絶対の信頼を寄せているのだ。

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