第229話:拾い物

 ディアボロスの持つ変異者の能力を減退させる雨は強力無比だ。

 それは能力を喰う狼ですら例外ではなく、周囲に纏った黒い煙がその勢いを失って異形の姿がはっきりと視認できるようになった。

 同時に全身が揺らいで、走る勢いさえも衰えていくのがわかる。


 最初から敵を逃さない為に楓人は人狼をわざわざ相手をしたのだ。


 燐花の探知で人狼を捉える時間を稼ぎ、楓人達がいる逆側から公園を見張った。怜司がこうして敵を捕捉した後も、狙撃手としての役割を全うしているはずだ。

 包囲網は完成した、後はこの異形を打倒するだけなのに楓人の勘がしきりに“気を抜くな”と注意を促してくる。

 敵は能力の底を見せたわけではない、猶予を与えずにこの場で動きを止める。


「・・・・・・悪いな、手荒な真似は覚悟してもらうぜ」


 全身に風を纏わせると、楓人は怜司の雨の中を構わずに突っ込んだ。


 黒の騎士は怜司との勝負を制してメンバーに加えることが出来たのは、ディアボロスとアストロトの相性の良さに他ならない。

 アスタロトの装甲は外部からの干渉を拒絶し、生半可な攻撃は全て無力化してしまう究極の防御である。

 人の形をしていながら城壁にも勝る、卓越した堅牢性が黒の騎士の長所だ。


「はあッ・・・・・・!!」


 呼吸を一気に吐き出すと人狼への距離を数歩で侵略し、眼前の異形へと走る間に変換した剣を振るう。

 相手は動きを半分以上は封じられているはず、逃げ道は機転を利かせて回り込んだ竜胆と燐花が塞いでいる。

 後は腕を振るうだけ打倒できる、油断せずに手にした剣を叩き付けるだけだ。


 だが、あくまでも外部からの妨害がなければの話。



 ――—紅の輝きが視界の隅で瞬いた。



“楓人ッ・・・・・・!!避けて!!”


 唐突なカンナの声と違和感に反応して咄嗟に真横に跳んだのが幸いした。


 地面を不自然な程に静かに抉るのは紅の輝きを放つ、杭に似た形状の矢。不意の干渉は周囲に紅の風を撒き散らして、砂埃が空を舞う。

 何があったのかを把握するのにその場に全員が数秒を要しただろう、その間に反応できたのは遠くに離れていた燐花だけだったろう。


 撃ち込まれた風の弾丸は周囲の砂埃を晴らし、その間に地面を蹴って離れていく人狼の姿を視界に捉えることが出来た。


 アレを逃がせば強大な存在になる、そんな予感と共に楓人は疾駆する。

 走る速度はこちらが速い、まだ暗闇へ隠れる能力が戻っていないと見える人狼相手を目の前にして。


「・・・・・・ちっ!!」


 掴もうと差し出す手に紅の矢が着弾し、さすがの楓人もよろめいて膝を着く。

 念のために風で身を守っていなければ装甲に亀裂程度は入れていたであろう、これは尋常ならざる魔弾だ。

 その一瞬こそが致命的だったのだとすぐに楓人は悟ることになる。


 次に放たれた第三の魔弾を躱して再び顔を上げた時。



 もう、既にそこに人狼の姿はなくなっていた。



 これだけ仲間を念入りに配置し、メンバーの動きはどれも的確だったのに。

 怜司は人狼を役割通りに捕捉して段取りを整え、燐花は探知で敵を追い詰めるだけでなく不意の他者の介入にも対応して見せた。

 竜胆とて、指示を出すまでもなく自分の出来ることを察して動いたはずだ。


「・・・・・・く、そッ」


 あれは絶対に逃がしてはいけない危険な変異者だったのに、最後の最後で撤退を許してしまったのは楓人にも責任がある。

 周囲の影響や相手の命を奪うことを気にし過ぎて、無理にでも最大出力フルバーストでの攻撃をしていたら変わっていたかもしれない。

 もっと捕獲を優先するなら、完璧な備えに甘んじずに手を考えるべきだった。

 予期せぬ介入があったにしろ、至近距離に接近した楓人になら捕獲の可能性が残されていたのだ。


「ダメね、気配がないわ。こんなすぐに振り切られるなんて・・・・・・」


 燐花も言われるまでもなく索敵を開始したが、諦めて首を横に振る。

 無論、狙撃を仕掛けた人間も探っていたようだが、そちらも手掛かりはなし。

 反省すべき所はあると落ち込んでも仕方がないし、今は新たに得られた情報を分析して次に繋げるしかないだろう。


「ねえ、これってもしかしてアンタ達が探してたものじゃないの?」


 不意に姿を消していた竜胆の声がして、彼女は何か壊れかけた小さなプラスチックケースを手に乗せていた。


「何だ、それ。どこかから拾って—――えっ?」


 楓人は彼女の手にしたものを受け取ると、改めてケースの中に収められている見慣れない品を見直す。

 ケースには燃えるような紅色をした錠剤に似たモノが三つほど入っている。

 それを見た瞬間に、どれだけ大事なものがこの手にあるのかを楓人は察した。


「竜胆、お前・・・・・・こんなものどこで?」


「さっき、アタシがアイツのこと斬ったでしょ?その時に落ちただけ」


「そっか、内部は服を着た普通の人間だからな。竜胆がポケットを斬ったのか」


 これで人狼が変異薬の取引に関わっていたことも、変異薬が本物かどうかも管理局に調査させれば判明するだろう。

 あの暗闇と舞う砂の中でしっかりと落としたモノを見ていた竜胆のお陰で、新たな手掛かりを得ることが出来た。


「ありがとな、ホント助かったよ!!」


 少なくとも状況が進展したことは明確な光明をもたらしてくれた。

 ここまでの働きを見せてくれた竜胆に今日の感謝全てを込めて、思わず勢いのままに手を握って礼を言う。

 これで一気に変異薬が絡んだ大掛かりな都市伝説の正体に迫れるはずだ。


「アタシは仕事をしただけだから。お、お礼なら渡に言って」


「もっとやりようがあったかも、って俺自身も反省してたんだ。でも、竜胆のお陰で何とかなりそうだ」


「・・・・・・別にいいって。それよりさ、その、手」


 微かに顔を赤くして竜胆はそっぽを向き、楓人はとりあえず手を離す。

 今は黒の騎士の姿をしているので手を意識されるとも思っていなかったが、彼女にとってはそういうものらしい。

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