第228話:捕り物
姿を現してから動いたのでは間に合わない、人狼は決して速度においては生半可なレベルではないのだから。
故に間に合わせるとしたら、楓人自身の速度を跳ね上げるのが手っ取り早い。
リスクもある力でも瞬間的な起動ならば影響は大してないはずだ。
“カンナ、鎧装解放を使いたい。準備できるか?”
“あれはダメ、あの時は渡さんがお手本としていたから上手く行ったけど・・・・・・次は失敗するかもしれないし”
“・・・・・・そうか”
彼女の意志を無視して力を引き出すことは出来ないし、その彼女がリスクが大きいと言うのなら大人しく従う他にない。
今ある戦力を駆使するだけでも、未知の敵と戦う方法は幾らでもあるのだ。それにあの力の危険性は楓人自身も本能的に察する所はあった。
使う時は必ず来るが、使い所は選ばねばならない手段なのだと再認識して楓人は再び意識を空間へと戻す。
相手を拘束する手段があることを示し、まともに斬り付けても無駄だと意識を植え付けたことで簡単には仕掛けられまい。
かと言って逃げたわけではなく、肌がひりつく緊張感はここにある。
「竜胆、俺の後ろに下がっててくれ」
「わかった。何をするつもりなの?」
闇に隠れているのは人狼の肉体が見えていないだけなのか、存在そのものが霧散しているのかは分からない。
常識で考え得る可能性としては前者だろうが、どちらにせよ試す価値はある。
不満そうにしながらも素直に後ろへと竜胆が退避したのを見届けた瞬間、楓人はアスタロトを槍から黒い風へと変換していく。
相手の姿が見えない、安易な一撃は躱されるというのなら話は単純明快。
仮面の中で楓人は不敵に笑うと口を開く。
「———面倒臭いのはなしだ。隠れてる空間ごとぶっ飛ばす」
あまりに雑で単純で明瞭な回答を選び取った黒の騎士の一撃は台風と見紛う威力で風を撒き起こし、周囲を薙ぎ払っていく。
そして、ガシャリと鋼が軋む音を立てると公園の塀へと人狼は激突していた。
どうやら暗闇に紛れる能力は集中力を要されるらしく、攻撃を当てれば維持できなくなるらしく姿がはっきりと見えている。
逃がすわけにはいかない、と楓人が地を蹴る前に。
「・・・・・・逃がさないッ!!」
既に竜胆はずば抜けた身体能力を遺憾なく発揮し、跳躍と共に手にしたダリアの刃を人狼に向かって振るっていた。
走る紅の刃は狙いを違わずに縦に狼の肩から下を斬り下げ、紅い血液に加えて紫色の装甲の破片が周囲へと飛び散る。
やはり、装甲の下から視えているのは人間の肌。人間の姿をした狼などいるはずがないと最初から疑ってはいたのだ。
「加減はしたけど、次に消えても動いても潰す」
竜胆は冷たい声を人狼へと掛け、剣を突き付けて詰みを宣言する。
密接状態に持ち込めば簡単に暗闇に紛れる能力も使えないと判断し、素振りさえも見せれば斬ると彼女は告げたのだ。
他人の能力を吸収して成長する人狼、この変異者には“出来れば傷付けるな”と甘いことは言うつもりは最初からない。
油断なく周囲を風で囲んだ今出来る最大の備えをした上で、楓人も獣の姿をした変異者へと近付いた。
「さあ、
出来れば命を奪いたくない、あんな死に方をするのは烏間でもうたくさんだ。
獣を逃がさないように完璧に備えをしたし、現段階では人狼はこの状況を逃れる術を備えていなかった。
他に能力を喰われた気配はない、どんな能力を備えようとも発動までに叩き伏せることは可能だった。
そう、それが楓人の明確な失敗だったのかもしれない。
もっと早く気付くべきだった、目を伏せる獣の瞳が紅に染まったことに。
対応が遅れてしまったのも無理もないことだが、空間から唐突に生えた紅の結晶が楓人と竜胆を襲っていたのだ。
二人とも回避行動を取りながら結晶を打ち砕いたが、その隙に獣は暗闇に紛れて姿を消していた。
「あいつ、竜胆の能力を喰ってたのかッ!!」
あれだけ派手に楓人の黒い鎖を喰ったのを見たせいで、竜胆との交戦中に人狼が更に成長していたことに気付かなかった。
恐らくそれが人狼が仕掛けた罠であり、逃げ出す為に取っておいた狡猾な切り札だったのだろう。
二人は公園の外まで人狼を追いながらも楓人は口を開く。
「一応、手は打ってあるけどそれで止まればいいんだけどな」
「手は打ってあるって・・・・・・」
「俺達の仲間も追って来てたのに、今は誰も来てないだろ?」
「まさか、アンタ最初から?」
少人数での捕り物はエンプレス・ロアの得意とする所で、人狼の気配も燐花は完全い捕捉しているだろう。
それに怜司を連れて来て良かった、この相手には怜司は非常に相性がいい。
角を曲がった先の広い路地では囁くような怜司の声が聞こえていた。
「逃がしませんよ、ディアボロス」
怜司が持つディアボロスは紫色の雨を降らせることで、変異者の能力と体力を奪う強力な
闇に隠れて逃げようが場所さえわかれば、範囲内に敵を誘い込むのは容易だ。
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