第227話:漆黒喰い

「さて、どうしたもんかな……」


 竜胆と人狼の戦いを眺める楓人は手を出すタイミングを伺う。

 いかにアスタロトを纏った楓人のスペックが高かろうと、現実的に出来ないことは数えれば幾つも存在しているだろう。

 例えば、有効な遠距離攻撃手段の乏しさが目立ち、中距離に届く風も簡単に連発できるものでもないので取り回しが悪い。

 燐花のように容易く援護が出来ない上に、周囲を巻き込みやすい能力の性質上からも他人の援護には向いていないと言える。

 とりあえず、具現器アバターは展開してみたものの、今は機を伺って相手の隙を突くしかない。


 そして、竜胆が人狼の腕から生える棘を弾いて後ろへと後退した瞬間。


 数メートルをわずか二歩、黒の騎士は疾風の如く走る。


 相手が人間なのか分からないが、ここで確実に相手を拘束すれば今宵の都市伝説は終わりを告げるだろう。

 右手に具現化された槍を突き出すと正確に肩を貫き、後ろへと吹き飛ばす。

 それでも、半ば転がるように受け身を取る人狼は、地面を抉る程に踏み締めて体勢を立て直した。


 そうして無理に受け身を取れば確実に硬直が発生するのは当然のこと。


「……行け、黒鎖戦型フォルムチェイン


 既に変形は完了しており、十字架型の杭が人狼の前の地面に具現化する。

 危険を察知して躱そうとしても遅すぎる、既に漆黒の鎖は全身を固く捕縛して人狼の動きを完璧に止めていた。

 近距離戦に特化する相手ならば、この拘束による攻撃手段は相性抜群だ。


 油断せずに楓人は人狼と二メートル以上の距離を保ち、槍にいつでも変形できるように準備を完了していた。


 拘束を解けるとも思えないが、解いて来るなら槍を振るって潰すだけだ。変異者に常識が通じないことは長く戦い続ける楓人もよく知っていた。


「手を出すなんて聞いていないけど」


「悪かった。でも、タイミングは悪くなかっただろ?」


 ぼやきながら竜胆も隣で剣を構えた瞬間だった。

 バキン、と鎖が軋むでもなく亀裂が入る音がしたのは気のせいでは断じてない。眼前に広がる光景を前にして、さすがの楓人や竜胆も呆然するのは無理もない。


 漆黒の鎖が、人狼の牙に喰われていたのだから。


 獣の食事のように鎖はみるみる内に食われて形状を無くしていく。

 カンナの力の一部に過ぎないのでカンナには微塵も影響はないわけだが、それと共に獣の全身から薄っすらと漆黒の煙が立ち上るのが見えた。瞬時に鎖を風に戻すと楓人は再び槍を構築して、迷わずに槍の一撃を放つ。

 アレは、野放しにしておけば危険だと本能が訴えかけていた。


 紫色に燃える瞳が二人を睨み、黒色の煙は更に色濃くなっていく。



 ―――その刹那、人狼の姿が不意に掻き消えた。



 目を離したのではない、高速で動いたわけでもない、ではなぜ消えたのか。

 その答えに楓人は至ると咄嗟に竜胆の周りに漆黒の風を張り巡らせて、肉体的な強度は楓人には及ばない彼女を守らせた。


「ちょっ、何を……」


「いいから、その中で大人しくしてろ!!」


 楓人には堅牢なアスタロトの装甲がある。もしも楓人の想像が正しければ、人狼は逃亡したのではない。

 全身の神経を研ぎ澄まして薄っすらと漂わせた風で、呼吸を逃さないように細心の注意を払う。


 楓人には探知は出来ないが、近くの気配をおぼろげに探る程度ならば可能だ。


 精度に関しては人間の域を出ない、それでも確かに獣の息遣いが闇夜に潜んでいるのを感じるのだ。

 そして、わずかな一瞬を逃さずに人狼は暗闇から姿を現した。

 この闇夜に溶けて隠れていたとでも言うように、空間から姿を現したとしか表現のしようのない襲撃。


 振るわれた爪を、咄嗟に上げた右腕の装甲が弾き返す。


 アスタロトの防御を突破できる変異者は限られており、さっきの腕に喰らった一撃から判断して装甲を破る威力はないと見たのだ。

 そして、空間から奇襲してきた時にも黒い煙が噴出したことからも、人狼が持つ能力はようやく想像できた。


「成長する具現器アバターってとこか。それに、中身も人間っぽいな」


「成長するって、別に具現器アバターの多少なりとも変化するのはアタシ達も経験してきたことでしょ」


「いや、そういう次元じゃなさそうだ」


 人狼は恐らく人間が纏う全身装着型の具現器アバター

 理性なき獣にしては暗闇からの奇襲の方法も呼吸も人間に近いものがあり、全てに明確な意志を感じる。


 そして、その能力は九重に近いようで最も遠いモノ。


 喰ったものを自身の力にする、それが人狼型の具現器アバターの持つ能力。

 暗闇に隠れる能力を最初から持っていたのなら、あそこまで危険を冒して竜胆の得意距離で打ち合ったりはしないはず。

 黒の騎士も奇襲を狙っており、実力でも竜胆の方が上となれば能力の使用を渋るべき理由も特には思い浮かばない。


九重のミラージュヴァイトの持つ複製能力は、ストックが二つに限られる上に一度手放した力は自力では引き戻せない。


しかし、この敵の力は明らかに奪った力を自分の力として独自の運用をしている。

そういう意味で成長する具現器アバターという言葉を楓人は使ったのだ。

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