第230話:返事の約束

「さて、それじゃ・・・・・・すぐにでも管理局に持っていくか」


「リーダー、その錠剤の処理については少し考えものです。もちろん、管理局にも調査させるのが最善の方法ですが」


「それなら、管理局に俺が持っていけば安全じゃないのか?」


「そういう意味ではありません。レギオン・レイドで一つ、我々で一つを管理して残りを管理局に渡すべきです」


 怜司が意味ありげに言い出した意味をよく考えてみると、思い当たる点はどうやら一つしかなさそうだった。案の定、驚いた目線を向けるとこくりと力強い首肯を返してくる。

 要するに怜司は“管理局に全幅の信頼を置くのは危険かもしれない”と楓人を戒めているのだとようやく気が付く。


 確かに管理局側から情報が流れてくることも減ったように思う。


 それにエンプレス・ロア個人で辿り着く情報を、本当に管理局が全く把握していなかったとは思えない。

 最悪の場合、管理局が一枚噛んでいる可能性さえ怜司は示唆している。

 幾ら何でも、そこまで人道に反したことはするまいとは思っても、大災害に関する不審な対応を考えると全幅の信頼は置くべきではない。


 管理局とエンプレス・ロアは友好的な関係を保って来たが、本質を見据えれば互いの利害の一致で結び付いた関係だ。


 楓人達にとっての管理局の力の重要性が減少しつつある今だからこそ、時には疑って備えをしておく方が賢い。


「竜胆、これはお前に預ける。しっかり渡に渡してくれ。扱いには気を付けろよ、変異者が使えば発狂じゃ済まない代物らしいからな」


「わかった。簡単には報告しとくけど、詳しくはアンタから話してよ」


「ああ、後で別に連絡を入れるようにする」


 怜司は最悪の場合を想定し、貴重な変異薬エデンの実物が管理局によって握り潰される可能性を考えているのだから。


 その後、黒の騎士の正体が露見しない為と言い訳をして、他のメンバーには先に帰らせることに成功する。

 何とか正体がバレずにここまでやって来たのは楓人が黒の騎士という特殊な変異者であるが故だった。物陰でアスタロトを解除すると、隣にはいつも通りに雲雀カンナの姿があった。


「サンキュ、今日も助かった。俺達もカフェに帰るか」


「うん、何か変なことになっちゃったね・・・・・・」


 —――だが、それは本当に正しいことなのか。


 ふと、こうしてカンナの正体をいつまで仲間にまで隠し続けるのかと思う。

 エンプレス・ロアのメンバーは心から信頼しており、彼らの内で誰かが裏切ると考えたことは一度だってない。

 カンナの正体が万に一つも漏れないように、と理由を付けて今まで渡と紅月以外には真実を隠したままでここまで来たのだ。


 でも・・・・・・本当はカンナの正体を知っても、今まで通りに受け入れて貰えるかが不安なだけなのだろうか。


 隠し続けた楓人を受け入れてくれるか、未だに信じ切れないのかもしれない。


 黒の騎士として戦い続けられるのは、カンナや仲間達がいてくれるからだ。

 楓人自身も経験は積んでいても、弱くて小さな人間でしかない。皆に真実を話すべきなのかもしれないが、全てが上手くいく自信がないだけの話である。

 

 怖いのだ、最高の仲間だと信じるが故に。


「・・・・・・どうしたの、楓人?」


 楓人の悩まし気な表情に気付くなり、心配そうに顔を覗き込むカンナの顔を見返すと、本当に彼女には救われている事実を想う。

 大災害から立ち上がらせてくれたきっかけも、戦い続ける強さも彼女が隣で笑っていてくれたお陰で得たものだ。

 こんな男に付き合って、カンナ自身には何の得にもならないことに嫌な顔一つせずに寄り添ってくれる。


 どうして、そうしようと思ったのか分からない。


 だが、楓人は無自覚に距離が近い彼女をそっと抱きしめていた。


「ふ、楓人・・・・・・!?」


 仲間に全てを告げられないことへの申し訳なさと、彼女への愛おしさがどっと胸に渦巻いていた。カンナに触れるだけで胸がきゅっと締まるような気持ちになる。

 苦しくも愛おしい、蓋をしてきたものが噴き出したようだった。


「わ、悪い。変なことしたな」


 何とか我に返ってカンナを離そうとした時だった。


 唐突に彼女の端麗な顔が近付いて、頬に柔らかいものが触れる。

 それがカンナの唇だと知り、普段はそれなりに冷静さを保っているつもりの自分の顔が赤くなったのを自覚した。


「な、お前っ・・・・・・!!」


「だ、だって、楓人がいきなりヘンなことするから・・・・・・悪いんだよ」


 顔を真っ赤にしたカンナはまだ至近距離を保ったままで目線をふいと逸らすと、不満げに唇を尖らせた。

 確かにこういう空気にしたのは明らかに楓人の方なので、お互いに顔を見られない状況がしばし続いた。


「わ、私の前でこういう空気にしちゃったのが運の尽きー・・・・・・?で合ってるのかな?」


「いや、言いたいことは辛うじてわかるけどな」


「言い方なんてどうでもいっか。とにかく、私・・・・・・楓人のことが大好きだから」


 これだけ近くで相手を見つめて照れている癖に、カンナは真っすぐな目で楓人を見ると朗らかに微笑んで見せた。

 お互いに距離を詰めれば簡単に唇同士が触れ合う距離。


 そして、彼女の顔を見ると奇妙な鼓動が膨らんでいく気がする。


 今までに感じたことのない気持ちに戸惑いながらも、楓人はその気持ちに明確な結論を出せずにいた。

 いや、きっとこれも楓人の心の弱さの表れだ。

 自分を救ってくれた友人達がいて、パートナーがいる日常にいつしか楓人は満足しつつもどこか依存していた。

 それが間違いだとは思わないが、答えを出せないのは椿希とカンナの二人と上手くやる自信がないだけ。


 依存するだけ、支えられるだけではダメだ。


 変異者として、リーダーとしてだけではなく、前に踏み出すのが楓人に課せられた役割や義務でもあるのだろう。

 だから、いつまでも逃げるばかりの自分を肯定するのは止めようと思った。何も失わない為に答えを出そう、どんなに苦しくとも。


変異薬エデンの件がケリついたら、告白の返事をする。約束するよ」


 楓人はしっかりと彼女に言葉を返し、自らの退路を断った。

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