第225話:潜入
目的地のあおぞら第二商店街は、土産物屋や総菜屋といった飲食系の店が立ち並び、主婦が多く訪れる場所だ。
今回の助っ人である竜胆はここからそう遠くない場所に住んでいるので、あおぞら商店街の実情にもそれなりには通じている様子である。
彼女が同行する人間に選ばれたのも、そういう理由もあるのかもしれない。
「すっかり真っ暗だね……」
「居酒屋とかはあっちの第四に集まってるから」
カンナの呟きに竜胆が答え、この時間になっても灯りが多く残る道路沿いの第四商店街へと視線をやった。
以前にニュースで特集されていた時とは、店の数も比べ物にならない。
大災害の爪痕からよくぞここまで立ち直ったと、感心してしまうレベルで商店街は以前の姿を取り戻しつつあるようだ。
「さて……燐花、行けるか?」
「もちろん、もうやってるわ」
言われずとも燐花は目を閉じて意識を集中しており、皆の命を背負っている自分の重要な役割を十二分に把握して動いていた。
集中していたのはわずか数秒程度、それだけで彼女はこの大して広くはない第二商店街のみであれば探索を完了する。
これ程の精度と速度で変異者の放つ磁場に近いものを察知できるのは、恐らく燐花くらいのものだろう。
「オッケー、誰も変異者はいないみたいね。
「大したものね、どこで捕まえたのか知らないけど使えそうじゃない」
「ちょっと、人をカブトムシみたいに言わないでよね」
「サンキューな、燐花。それじゃ、様子を探りに行くとするか」
よく解らないツッコミを入れる燐花には礼だけ言って、灯りの消えた第二商店街の中を進んでいく。
変異薬らしき薬が流通していると思われる店の大体の位置は、インターネットや陽菜から得た情報で把握しているので人海戦術で探る必要もない。
竜胆はいつでも敵が出てきても対応できるように、最大限の警戒を以て楓人の左隣を歩いている。
「竜胆、護衛は任せていいんだよな?」
「渡からもアンタを護衛するように動けって言われてる」
この中で誰が黒の騎士なのか、竜胆も最初は知らなかった。本来ならば竜胆にも黒の騎士の正体を明かす意味はなかったが、あの渡が信頼を置いて寄越す人間ならば問題はないだろう。
加えて、アスタロトを使わない為には彼女の力が必要だった。
カンナがアスタロトだと気付かれない為には、竜胆を頼るべきだ。
今までにカンナの正体が誰にも知られていなかったのは、エンプレス・ロアがバラバラに戦うことが多かった故である。
真実を知った所で皆は受け入れてくれると信じてはいても、同盟を確実にする為に正体を教えた渡以外には情報は漏らすべきではない。
『信用しているか』と、『カンナの正体をわざわざ教えるか』は別問題である。
そして、現地まで楓人とカンナが別々に来た以上、アスタロトは出来れば最後まで使いたくはなかった。
どこの組織かも不明な相手に、ご丁寧に黒の騎士の存在を知らせる意味もない。
「じゃ、護衛頼むわ。頼りにしてるからな」
「アンタだって強いって聞いてるけど……ま、いいか」
こういった事情から、近接戦に強い人間に護衛をして貰うのが手っ取り早いだろうと判断したのだ。
竜胆は怪訝そうに楓人を眺めたが、深く踏み込まない性格なのか納得して再び神経の糸を周囲に張り巡らせて警戒を持続した。
もう、この時間ではシャッターが閉まっている店も多い。
住居を別に構えている人間がほとんどのようで、向こうに見える商店街の終わり際にはよく見れば灯りが幾つか灯っている。その遥か手前、噂の通りに空き店舗が幾つか固まった区画があった。
見た所では中は真っ暗で人がいる気配は感じられないが、少しばかり探ってみるとしよう。
「とりあえず、入口が空いてるかを見ればいいんだよね?」
「……カンナ、俺は嬉しいよ」
「わ、私そんなに頭が弱い子だと思われてたの!?」
普通はテナントのいない空き店舗には鍵が掛かっていて、土地の権利者や委託会社が鍵本体は持っているものだ。
しかし、ここを使っている人間が真っ当に土地を借りて商売をしているのなら、最初から“裏商店”なんてグレーゾーンな名前が付きはしない。
つまり、鍵を開ける手段と言えば限られてくる。
「破壊して入るしかないですね、針金で開くようなチャチな作りには見えません」
「だろうな……っと、ここか」
楓人が引き当てた店舗の鍵がノブごと破壊されて宙ぶらりんになっている。
まるで捩じ切ったように、ドアノブを強引に千切ったような人間離れした壊し方がされているのを見ると当たりのようだ。
「燐花は入口、怜司はその護衛と周囲の見張り。俺とカンナと竜胆で中に行く」
人材を咄嗟に配置するのは、日常的に訓練されている。
近距離担当の竜胆を先頭に置き、楓人に続いてカンナが何も置いていない店舗内へと侵入していく。
コンクリートの床が剥き出しになっている故か、やけに冷たく不気味な空気が内部には充満していた。足音を立てないようにしても、わずかな足音と呼吸が空間に浸透していく。
さあ、出て来るは
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