第220話:赤き都市伝説

 その書き込みは、掲示板内部のホラーに近い傾向から見ると極めて異質だ。


 カンナ達にもURLを打ち込んでページに飛んで貰い、全員で奇妙な書き込みについて確認することにした。

 ここに来て、もしかすると“楽園エデン”と呼称される薬物は根深い所に噂の元があるのではと危惧せざるを得なかった。

 超人になる方法、と書かれた題名の後には詳細な情報が足されている。


 まだ数年前、ある街には一種の超人が数多く存在するようになった。実際にその街では奇妙な犯罪が起こり始めた、と前置きして書き込みは進む。


“変異薬、または通称エデンと呼ばれた薬がそこには存在する。現段階では流通に至る顧客を確保出来ていないが、超人に至るメカニズムを解析したものだ”


「・・・・・・そろそろ笑っていられなくなったな、こりゃ」


「そうだね。私達のことを絶対知ってるみたいだもん」


「ここまでピンポイントに突いて来てるのは本物っぽいわよね」


 楓人の発言をカンナが受け、燐花も同意する。


 所謂、中二病の類として片付けられる話ではない詳細さで、この書き込みをした人間は変異者のことを知っている。

 ある街と限定している点、“存在するようになった”と能力が後天的な物だと断定している点からも言えることだ。

 そして、楓人達は長い書き込みを読み進めていく。


“投薬すれば超人の素質がない人間には麻薬と同じ症状が見られ、ある者は個人差はあれど力を手にすることができる。無論、これは嘘に塗れたオカルトではない。脳科学に以って、検証され続けている事実だ。嘘・設定だと断じる人間が多数だとは思うが、最後に記すキーワードに出会った時はこの書き込みを思い出して欲しい”


 そうして、その者は最後に一言だけ添えて締め括った。


“血のように赤い錠剤、それを見た時だ。他に外見が類似する薬物はない。皆が超人になれる事を期待する”


 やけに厳かな口調で締め括った書き込みを見て、しばし沈黙が広がる。

 今までは事件でない可能性の方が高かった内容が、急に現実味を帯びてきた故に困惑しているのだろう。


 書き込みの返信は複数重なっており、『中二乙』『設定としては嫌いじゃない』『その薬って超人に使ったらどうなるの?笑』などの冷やかす言葉が大半だ。

 書き込んだ者はしばし掲示板の反応を見ていたようで、具体的な質問には明確な答えを返していた。


“超人に使用すれば、一般人で言う脳のリミッターを強引に外されて脳は破壊される”


 その答えを見て、楓人はある事実が記憶の底から振るい起されてくる。

 今は亡きマッド・ハッカーの烏間が戦力として使用していた暴走変異者は、楓人が直接に戦ったことはなくとも話は聞いている。

 本来、持つだろう能力から超越した力を発揮する代わりに理性がない。


 烏間に関しては解明されていない謎もあり、何かを知っていたのは明らかだ。


 この書き込みにある薬物が現実にあるとすれば、本当に暴走変異者と無関係と言い切れるのか。

 ぞわりと全身の鳥肌が立ち、咄嗟に変異薬エデンと過去を結び付けてしまう。



 もしも、全てが繋がっていたとしたら。



 変異薬とマッド・ハッカーと烏間が今回の件に絡んでいたら、蒼葉市にはとてつもない爆弾が潜んでいたことになるのだ。

 それこそ、大災害を軽く超える事件を引き起こす程の力になるだろう。

 だとすると、まだ殺人ギルドの事件も終わっていない。


「おい、マジだったらとんでもねーぞ」


「う、うん。わたし達だけで何とかなる問題じゃなくなるかも。まずは真偽をはっきりさせなくちゃね」


 柳太郎と明璃が緊張を滲ませた声で、感想を順に述べる。

 確かにここまで飛躍した話を信じるかどうかは別だが、真偽をはっきりとさせる為に動いておくべきだ。

 怜司もその方針で同意らしく、何かを考えながらも視線を楓人に向けて首肯する。


 丁度、携帯が震えて九重からのメールが届いた事を告げる。


 確認してみると、別の掲示板に更に前の日付で同様の書き込みがあったようだ。

 それが恐らくは最初の書き込みではないか、と九重のコミュニティー内での聞き込みの結果が詳細に添えられていた。


「悪いな、皆。夏休み前を満喫したかったけど、やることが出来たみたいだ」


 被害が一般人にまで及べば大きな波紋を呼び、蒼葉市だけでは済まない問題へと発展する可能性が高い。

 全情報を集結して事実ならば早急に潰す、それが出来るのは最大の情報力を有するエンプレス・ロア連合だけなのだから。


「では、まずは情報を絞りましょう。赤い錠剤という話が出たのですから、真偽はともかく変異薬の話を聞いたことがないかを早急に当たりますか」


 そうして、再びエンプレス・ロアは動き出す。


 楓人は渡へ、怜司は再び彗に、明璃には九重へのメール連絡を頼んだ。

 柳太郎は文面は打ち合わせた上で陽菜に協力して貰い、学校やその周辺での都市伝説集めをすぐに実施してくれた。

 そうして、最後のカンナにはもう一人への連絡を頼んだ。

 情報社会で得られるものは最大限に活用する、謂わば情報総力戦である。

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