第219話:楽園


 そして、渡達が帰った後にエンプレス・ロアは活動を開始した。


 怜司には彗と連絡を取って、情報収集部隊を動かす段取りを進めて貰う。

 加えて、明璃・カンナの二人にロア・ガーデンの確認を同時進行、柳太郎と燐花には表裏の掲示板を漁るように頼んだ。

 皆で手分けして情報を探す間に、楓人は電話で別方向から情報収集を行う。

 電話をする先は、変異者内に独自のネットワークを持つハイドリーフ内にて裏リーダーの顔を持つ九重若葉だ。


 色々なルートで情報を獲得できるようになり、情報収集力に加えて正確性を獲得したのは最大の戦果だろう。


『その噂なら一年ぐらい前に流れたよ。すぐ消えたけど、普通の人でも変異者になれるって話だったねー』


 現状で分かっている所は全て話して協力を依頼すると、“黒の騎士さんの役に立てるなら”と九重は快く引き受けてくれた。

 お願いをしているだけなので、役に立つとか立たないという話でもないと今更抗議しても仕方がないだろう。


「どこまで詳しく流れたんだ?その噂って」


『そこまで詳しい情報じゃなかったよ。ただ、名前が変異薬って呼ばれてて・・・・・・正式な名前が確か―――』



 その単語を聞いた瞬間に背筋に冷たいものが走ったのはなぜだろうか。



『あ、そうそう。確か・・・・・・楽園エデン!!』


 余りにその実情にそぐわない名前が彼女の声となって零れ出す。


 変異者達とて人知を超えた力を望んで手にした者は誰一人としておらず、この都市伝説はあまりにも変異者の葛藤を馬鹿にしている。

 都市伝説には必ず出所があるはずだが、この噂が真実でなかったとしても具体化していた以上は調べるべきか。

 エンプレス・ロアの領分ではないなどと言っている場合ではない。


「薬の名前が楽園エデンだって、誰が言い出したんだ?」


『ホームページだったはずだけど、後で皆に聞いてメールで送るね』


「ああ、そうして貰えると助かる。九重に言っても仕方ないけど、随分と趣味の悪い名前を付けたもんだ」


『まー、そうだよね。でも・・・・・・持ってないから、超人みたいなものに憧れちゃうのかもしれないよね』


 妄信故に誤った方向に暴走しかけた九重も少し気まずそうに告げる。

 その発言は決して間違っていない、持っていない物を欲するのは人間が持つ本能的な欲望に過ぎないからだ。

“異能力の類を人間は持てない”と本能的に理解しているが故に憧れとなり、人は持たないものを再現することで人工的な翼まで手に入れた生き物だ。


 普通の人間では持たないものを持つ人間の想いなど、持たざる者は考えもしないのが当然だろう。


 力を持たない者を見下す意味ではなく、単に人種が違うだけの話。


「とにかく、皆に聞いて貰えるか?誰か知っていたら教えてくれ」


『了解、それじゃ一回切るね』


 通話の切断を確認すると、他のメンバーの進捗状況を確認することにした。

 まだ怜司は何やら話をしているようなので、ロア・ガーデン組の進捗状況から見ていくことにしよう。

 店のテーブルに隣合って座るカンナ・明璃組の眺める画面を後ろから覗く。


「何か繋がりそうな情報はあったか?」


「一応、遡って二か月分まで見たけど・・・・・・わたし達が見た限りでは無いかなぁ」


「うん、他の事件のことばっかりだよ」


 明璃も困り顔でそう言って、カンナも首肯と共に相槌を打つ。

 後は九重の情報と柳太郎・燐花組の検索結果で切っ掛けを得られるかだが、二人には追加情報を伝えておくことにした。

 検索ワード等に設定する名称次第で、効率も変わってくるからだ。


「おい、柳太郎と燐花。九重に聞いたら、薬の噂自体は一年ぐらい前からあったみたいだ。その名前が―—」


「もしかして、楽園エデンってヤツじゃないわよね?」


「何で知ってるんだよ。何か出たのか?」


「さっき見つけた掲示板の噂よ。ただ、元ネタは別のホームページらしいわよ」


 燐花が全員に見えるよう机に置いてくれた携帯の画面には、某大型掲示板の一ページが開かれている。

 変異者が鍵付きで作っている裏掲示板ではなく、力を持たない人々も普通に訪れる大手掲示板の一つだった。

“オカルト掲示板”と銘打たれた掲示板には何百個目かのスレッドが立っており、オカルト系の話題がいかに人々の興味を引くかを物語っている。


 その中に埋もれた一つの書き込みが、燐花の検索に引っ掛かったらしい。


「超人になる方法・・・・・・ねぇ。大分、胡散臭せー話だな」


「私達も何も知らなかったら、よくある感じにしか見えないよ」


 柳太郎が苦い顔をすれば、カンナも苦笑して同意を示す。


 それでも、全員が有り得ない話だと完全に切って捨てないのは、ネットの海に眠っている情報は時に真実を示すと知っているからだ。

 現に一般人からすればファンタジーめいた伝説である、黒の騎士という都市伝説は現実に存在している。

 滑稽・珍妙な話であろうと、真実かを判断するのは検証を行った場合のみ。

 それが都研のメンバーでもある一同の持つ共同のスタンスなのだ。


 都市伝説は時に真実を告げる、嫌というほど理解している真理だった。

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