第221話:都市伝説研究部 活動日誌4



 ―――そうして、情報を集め始めて三日が経過した。



 楓人の元には様々な情報が集まってくるようになったが、今すぐに動き出せる程の情報は得られていなかった。

 学校で数学の授業を受けながら、楓人はぼんやりと板書を眺める。

 ここまで情報を集めても網には引っ掛かって来ないのは、取り越し苦労かと思いたくもなるが時期尚早だ。

 普段通りに学校に来られているだけでも喜ぶべきことなのだろう。


 授業を受けた所で楓人が大学に通うかは定かではないが。


 楓人も高校二年生ともなれば、進路を意識する時期に近付いている。

 メンバー全員に高卒の肩書を押し付ける気はないし、別に二人して大学に通うだけの蓄えは十二分にある。

 他のメンバーと別れるわけではないが、店をやりくりしてコミュニティーに集中して自由気ままにやるのも悪くはない。


 楓人なりに普段から先々のことも色々と考えているつもりだ。


 例えば、十月にある修学旅行をどうするかも考えはある。

 当然の如く全員が蒼葉市から出ることになれば、コミュニティーの活動が停止してしまう。

 変異者は蒼葉市を出ると最初は頭痛等を覚えるが、数日なら問題はなかろう。

“そのまま変異者が蒼葉市から逃げられないか”と考えた過去もあるが、体調の悪化・何故か湧く蒼葉市への執着・同類がいる安心感と色々な要素で脱出できない。


 変異薬エデンが本当なら、その根源に迫れる気がしていた。


 あれが存在しているのならば、変異者誕生の謎を解明して能力を消すことだって可能かもしれない。

 カンナもアスタロトとの融合をきっかけに息を吹き返したが、今はその力がなくても死に至ることはあるまい。


 力が消せたとしてもアスタロトは消えない、不思議な確信があった。


 確証のない直感に過ぎないが、アスタロトを始めとして柳太郎のフォルネウス・渡のグレゴリア・正体は不明な紅月のアークは特殊な具現器アバターだ。

 性能自体は他の具現器アバターも高いものを持つも、最大の差は楓人が至った双黒鎧装エクリプスや渡の黄金の輝きのように急激な進化を可能にする点だ。


 その謎の全てにマッド・ハッカーは、烏間は迫りつつあったのではないか。


「一人で考えても仕方がないか……」


 楓人は独り呟くと、ようやく教師の言葉の要点を簡単にノートへ板書し始めた。



 そして、相変わらず進展はないままで放課後。


 放課後に行われる都研も純粋に楽しみにしている時間であると共に、重要な情報源にもなる場所だ。

 いつも通りにカンナと椿希を連れてドアを開けると、部室内には最上級生の光と燐花が特に会話をするでもなく待っていた。

 ちなみに今日は柳太郎はアルバイトで欠席なので、それ以外のメンバーで部活が行われることになる。


 余談だが、柳太郎にもこれからの管理局からの報酬は出させることにした。


 チームで分配方式なので一人分まるまる増額とは行かないが、柳太郎がアルバイト漬けの上にコミュニティーの活動を続ける激務を緩和してやりたかったのだ。

 正当な働きを以って報酬を出す、それなら柳太郎にも遠慮はなかった。

 だが、今すぐにアルバイトを辞めるわけにもいかず、シフトは少しずつ減らしていくとのことである。

 その内、部活への参加頻度も増えることだろう。


「さて、では始めるとしよう。今日は誰か議題を持っているのか?」


「もし、何かあるなら光先輩の方から先にお願いしてもいいですか?俺のはそんなデカいネタじゃないんで」


 既に部活では超人薬の話は触りだけしているが、紅の薬であることや他の情報は隠してネット内の調査に限定した。

 事情を話すわけには行かないし、万が一にも椿希や光が危険に巻き込まれる危険性を出来る限り無くす為だ。

 マイナーなインターネットの噂だ、と限定すれば精々が同級生との話題にする程度で収まるだろうという楓人なりの配慮である。


 万が一にも、楓人のせいで二人を戦いに巻き込むことになってはならない。


「そうか、では俺からネタの提供をするとしよう」


 ホワイトボートを転がしてくると素早くマーカーで題材を書き殴る。

 誰が始めたのかを忘れてしまったが、題材をホワイトボードに書いてから話を始めるのは都研の伝統に近いものだった。


“蒼葉市に出没するUMAの謎”と書き殴った割には達筆な字を全員で眺める。


「今までの都市伝説研究部が扱ってきたテーマは多岐に渡る。しかし、未確認生物に踏み込んでいない。そこに、丁度いいネタが舞い込んできたのだ」


「私達が扱って来なかったのは、真偽を確かめづらいというのも原因の一つだったと思うわ。先輩のネタは、その点で問題はないんですか?」


 椿希が冷静に釘を刺した通りで、今までの都研によるホラー検証は仮の結論を出し易く拡散性の高い噂だった故に成立した。

 しかし、未確認生物ともなれば存在するかしないかの結論しか出しにくい。

 大がかりな土地の調査を行えない以上、いるかもしれないレベルの結論になる。


 つまり、その程度なら部活内で話し合って情報を集める程度で十分。


 本格的に取り扱うよりは一過性の話題に収めておこう、と最初の話し合いでは決まっていたはずだ。

 光も頭脳自体は明晰のはずで、何の勝算もなく禁じ手を使うとも思えない。

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