第206話:同盟締結

「それで・・・・・・そいつは人間なのか具現器アバターなのか、どっちだ?」


「れっきとした人間だよ。具現器アバターになれる変異者だと思ってくれ」


「そうか、人間の男に惚れる具現器アバターなんざ妙だからな。安心したぜ」


 愉し気に唇の端を吊り上げる渡の言葉に、誰のことを言っているかを気付いて顔を赤らめるカンナ。

 こうして、ぴっとりと寄り添っている様子を見れば鋭い渡なら察するだろう。それなりに付き合いのある人間ならカンナの気持ちには気付いて当然だが。


「ひ、人を好きになるのにヘンも何もないと思うよ。ね、楓人?」


「・・・・・・俺に振るのか。まあ、同意はするけど」


「まあ、どうでもいい。俺はお前らが裏切らない限りは、黒の騎士の正体をバラさねえ。そして、同盟関係を約束する。これでいいな?」


 渡が逸れかけた話題を修正し、二人はその言葉に強く頷く。

 エンプレス・ロアに加えてレギオン・レイド、ハイドリーフの一部の支持を得られたのは、戦力以上に情報収集力が段違いに上がることを示す。

 握手ではなく、拳を渡に向って手を差し出す。


 男として戦い抜いた証として、相手を認めたという意味で。


「「―――同盟成立だ」」


 二人の声が重なり、楓人も渡も肩の力を抜いて笑う。

 恐らくはコミュニティーの前では絶対に見せない笑みを見せながら、王になろうとした男は戦いの一つは終わったと視線を空に向けている。


 かくして二度とないだろう奇妙な決闘は不意に始まり、ここで終わった。


 大きな未来への希望を残しながら。



 その後、エンプレス・ロアとレギオン・レイドの同盟締結は思ったよりもスムーズに進んだ。



 楓人達も同盟成立となった場合を想定して事前に準備していたので、レギオン・レイド側の承認を得られれば事は早かった。

 そして、渡と怜司の案を落とし込みながら、書面として契約書まで結ぶことになってしまったのである。

 口約束だけで片付けられる問題ではなく、書面で正式に約束することで同盟の重さをコミュニティー全体に示す効果があるとか。


 これで、どちらのコミュニティーも裏切らないと形式上も確認する形になった。


 道理を通す点が売りの二つのコミュニティーにとって、同盟まで結んだ契約を破棄したとなれば致命的な悪評は免れない。

 恵が言うには、レギオン・レイドで納得しない人員には渡と恵が訪ねて回って何とか説得してくれたらしい。

 何にせよ、同盟は結ばれたので理想に向けて一歩前進だ。


 そして、楓人とカンナは今日も日常へと帰って行く。


「それで・・・・・・楓人は何でケガしてるのよ」


 一緒に登校することになった椿希は、楓人の頬に傷を隠した絆創膏が残っているのを見ると半眼で突っ込んでくる。

 どうやらアスタロトの力を極限に近いレベルまで使用したせいで、少し体も重い上に普段ほど傷の回復が早くない。


「まあ、ちょっと色々あってな」


「う、うん。色々だよね・・・・・・」


「本当に大丈夫なの?体も重そうだけど」


 普通に動いているつもりだが完治までには一週間程度を要するだろう怪我だし、付き合いの長い椿希にはわずかな変化でもお見通しのようだ。

 いつも通りの歴史さえ感じる古ぼけた校門を潜るだけでも、何故だか妙に懐かしく思えて目を細める。

 今更ながら、数日前まで戦っていたのが嘘のように感じてしまう。


「どうせ、あの姿で戦っていたんでしょう?何とかなったの?」


「まだ終わってはいないけど・・・・・・やるだけやったよ」


 全てが終わったと肩の荷を下ろすには早いが、ようやく六年間で形となる成果が出たのだから一抹の安堵はあった。

 その表情を見て、ため息一つ残した椿希は頷く。


「あまり無理はしないでね。私だっていつも心配してるのよ」


「わかってるさ。俺は椿希がいるから頑張れるんだよ」


「・・・・・・はぁ、カンナも大変ね」


「嬉しいような、良くないような感じだよね。わかるなぁ」


 少し頬に朱を散らすと、カンナと何か分かり合ったように目線を交わす椿希。

 大体は言っている意味が解ってしまうが、感謝と謝罪を言葉にするのがコミュニケーションの基本だという持論は曲げられない。


 教室に入ると、それを見た友人が意地の悪い声を掛けてくる。


「よう、まだケガ治ってねーのか」


「大分、無茶したせいで治りが遅いんだよ」


「・・・・・・えっ?」


 呆然と椿希が柳太郎と楓人を順番に見比べる。

 あれから柳太郎とも話して、椿希には隠さずにいこうと決めていたのだ。

 友人が二人も妙なことに巻き込まれていれば心配するだろうが、事態ここに来て柳太郎も彼女に隠し事を続けるのは望まなかった。

 椿希が心から信頼できる友人なのは柳太郎も一緒だ。


「まー、そういうことだ」


「三人ともおはよー、何の話してたん?」


 そこで登校してきた情報通の陽菜が乱入したせいで話が途切れる。

 椿希には後で二人でじっくりと説明しておくとしよう。

 陽菜は三人を見比べて微かに首を傾げるも、気を取り直したように楓人に向けて身を乗り出した。


「で、そうそう。ふうちん、ちょっと耳寄りな情報があるんだけど。都研で扱ってみない?」


「誰だよ、楓ちんって・・・・・・まあ、何でもいいけどさ」


「ロシアの人みたいになってるわね・・・・・・」


「楓人か楓ちんかどうかはいーけどよ、情報ってなんだ?」


 柳太郎が訊ねると相変わらず元気な陽菜は一つ頷いて口を開く。

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