第205話:勝者の言

 全ての真実を知るには、この先に進む他にない。

 大災害の日に何があったのか、隠された真実に関わっているらしい人間は徐々に絞られつつあった。

 紅の力の根源を持つ紅月が元凶かもしれなかったが、本人は否定している上にカンナの命を救った理由に説明が着かない。


 この先はエンプレス・ロアだけでは恐らく足りない。


「・・・・・・自分なら出来る、か。俺はそこまでの自信は持てなかったな」


 過去に立ち上がるまでに多くの時間を要した自分を思い出す。

 渡にも家族を失って苦しんだ時間はあったはずなのに、戦い抜くと答えを一人で出して今の場所まで辿り着いた。


「無理だろうが、やらなきゃならなかった。俺は・・・・・・結局の所、大災害を起こした元凶も俺自身も許せてないのかもしれねぇな」


 あくまでも冷静に告げる渡の言葉には確かな熱が宿っている。

 ほぼ完璧なリーダーとして、レギオン・レイドを率いている男として、楓人なりに一目置いているつもりだった。

 確かに彼の器は多くの人々を従えるに足りるが、その陰には普段は吐かない後悔が隠れていたのだ。


 出来ると自分に言い聞かせなければならなかったから。


 過去の悔恨で動いていると他人に悟らせることが怖かったから。


 優れた人間だとしても、全てが完璧ではない人間臭さが渡竜一という男に人々が従ってきた理由なのかもしれない。

 楓人も自分達に従えなどと偉そうなことは言うつもりもない。


「これから、俺に力を貸してくれないか?もしも嫌なら断っていい」


 勝負に勝てば相手に従う約束はしたが、力を貸せと命じても意味はない。

 時に力は必要なれど、人を力のみで従わせる王国など誰も望まない。

 この男の力が欲しいと願って、勝者としての威厳を捨てて頭を下げた。


 誰もが居場所を失うことのない小さな世界、欲しいのはそれだけだった。


「・・・・・・従えって言えば楽だろーが。バカか、お前」


「俺は自分にだけ都合のいい世界なんて要らない。それはお前も同じだろ?」


 レギオン・レイドの独裁者とはならなかった渡なら理解してくれるはず。

 しかし、渡は少し考え込むと楓人の問いをあえて質問で返してきた。


「一つだけ聞かせろ。俺達は小せえ所では主張が違う。共存できるとお前は本気で思ってるのか?」


「主張が違って当然だろ。主張が違う人間が共存してるのが世の中だ。皆で創る変異者おれたちのルールは、全部のコミュニティーの代表者に参加して貰って決める」


「最初から創り直すつもりか?変異者の世界を」


 メンバー全員と相談して以前から決めていたことだ。

 主張が異なった末に戦いへと発展する相手と平和的な解決を望むのは難しいが、今のレギオン・レイド相手なら出来る。

 そうして大半のコミュニティーが結束すれば、人の死を望まない人間が集う強大な抑止力が誕生するのだ。


「そんな大層なもんじゃない。皆で力を合わせるべきだって言ってるだけだ。その為にはレギオン・レイドしか持たない力が必要だ」


「・・・・・・裏賭博場しかねえだろうな」


「ああ、そうだ。最終的には裏賭博場を俺達の名前を使って拡大する。変異者同士の賭博場をエンプレス・ロアが潰す可能性もなくなるからな、利用客も増えていくはずだ」


 これは怜司が発案して意見を出し合った、渡に提示するメリットの一つだ。

 渡にもコミュニティー全員を納得させる体裁が必要だと、怜司は二つのコミュニティーが相容れない理由を突いて将来的な構想を提示した。


 変異者達が力を絶対に振るうなと言われれば、いつかは爆発する。


 故に裏賭博場をクリーン化して変異者達の正式な交流場、あるいはストレス発散を兼ねた競技場にしてしまう。

 時間帯を区切るなりして、変異者しかいない時間帯を作ることで正式に認められた居場所を構築する。

 正しい意味でのコミュニティーを変異者達は手に入れる上に、増加する変異者から得られる収益も遥かに増すだろう。


 完成した交流場を管理する団体がレギオン・レイドで固定なら、変異者としての社会が新たに形成されてもコミュニティーの地位は保障される。


 渡が懸念する『主張の違い』と『レギオン・レイドの行く末』はいずれも解決できる程度の問題だ。


「・・・・・・やっぱり、ただのガキじゃねえな。お前」


「ウチの参謀が考えた内容が多いけどな。俺は意見を纏めることと、変異者同士の争いになった時に何とかするのが仕事だ」


「だとしても、説得の手段としては悪くねえさ」


 溜息を吐いた渡は力を抜き、崩れ落ちるように地面へと座り込む。

 思えば消耗した二人が立ちっぱなしなのも非合理的だと思い至るが、彼が消耗を隠さない姿勢を取った意味は一つだ。


 どこか晴れやかな口調にも関わらず、不愛想に渡は楓人とカンナへ告げる。



「いいだろう、認めてやる。俺の負けだ」



 宣言は奇妙な勝負の終わりを意味し、ここに来て勝者は決定した。

 二つのコミュニティーが道を同じくすることが決まった瞬間でもあり、強力な変異者を抱える者同士の同盟は世界を変革する可能性を秘めていた。


「随分とあっさりと認めたな。次に何て言おうか考えてたのに」


「交渉は成立、お前は秘密を晒してまで俺の前に立った。拒否する理由も特にねえよ。しかし、驚いたぜ。そいつがお前の具現器アバターか」


「・・・・・・あ、えっ?な、何の話か分からないなー」


 渡がカンナへと目をやると、彼女はぎくりとした顔を見せた後に目を逸らす。

 普段は何とかしらを切れるが、元来から嘘が得意な性格ではない上にこういった不意打ちには非常に弱い。


「今の顔だけでも十分だが・・・・・・お前だけが戦場にいなかった。黒の騎士と同じ力がお前からは漏れ出してたのも見た。砂埃程度で誤魔化せると思ったか?」


 パートナーが唐突な追及を逃れられなかった時点で楓人の負けだ。

 カンナが残したわずかな黒い風の痕跡を渡は見逃さなかった。。

“彼女がアスタロトなのだ”と確信と共に疑われた時点で、終わりに近いので無理に隠す意味も無い。


「隠そうが俺は今後、お前が黒の騎士だと確信したままだ。ここで暴露すれば協力してやってもいい。悪い取引じゃねえと思うがな」


「・・・・・・勝者の条件に、この事は内緒ってのを付け加えてもいいか?」


「もう、お前とは同盟相手だ。今なら血判でも何でも押してやるし、恵にも黙っておいてやる。俺の機嫌が良かったことに感謝するんだな」


 にやりと笑うと渡は確かに約束してくれた。

 今までに一度たりとも約束や契約の類を破ったことがない男の言葉を信頼はできるが、アスタロトの正体が知られたのは初めてのことだ。

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