第204話:進化の果てに

 カンナとの特訓では何度も失敗し、二人で考えたアイディアを試し続けた。

 槍の取り回しを会得する為に山の奥まで行って鍛えたり、二人で考えて実践するを何年間もずっと繰り返した。

 大災害は終わっても、再び戦う日がやってくることを確信していたから。


 カンナは時に意見が合わないことがあっても、傍にいてくれた。


 彼女がここまで力を振り絞り、消耗さえ躊躇わずに力を貸してくれている。


 皆が連れて来てくれた舞台で、最高の相棒の力をここまで引き出しておいて、負けるとすれば言い訳もなく楓人のせいだ。

 ここで血の一滴まで振り絞れないなら永遠に自分を許せない、だから無様に吠えて全身の力を引き摺り出す。

 格好良さなんてどうでもいい、ここで勝てるのならプライドなど捨てる。


 黄金と漆黒の力は牙を剥き合うと空間を震わせる。


 そうして、一瞬の間を越えた二つの力は同時に膨れ上がっていく。

 至高の意地の張り合い、譲れないものへの想いが更なる力を与える。


 そして・・・・・・。


 楓人は確かに掴んだ。


 今はまだ指先が振れた程度でも、アスタロトの果てにある絶対的な力の一端を。

 使えば今までのように代償が少ないとはいかない、恐らくはカンナが無意識の内に封じていたモノ。

 無意識に封じられた力は、同じく極限に至った楓人によって皮肉にも蘇る。

 今まではそこに至る資格が足りず、鎧装解放で彼女が消耗したことによって楓人は深淵へと近付いてしまった。


 無意識に口が動き、進化した相棒の名を知った。



「来い・・・・・・双黒鎧装エクリプス———ッ!!!!」



 それは深淵へと踏み入れたアスタロトが進化を遂げた名。


 槍も装甲も全てが組み変わる為に必要な言葉だが、深淵に届いただけの指先では力の全てを掴み取れはしない。

 それでも、堂々たる戦いの勝者になるのなら少しでも力が要る。


 さあ、貰った全てを力に変えて進もう。


 槍が禍々しい炎のように、風のように先端の形状を変える。


 風が鳴き、全ての障害を食い破り破壊していく。

 渡の咆哮も強大な力も呑み込み、その果てに。



「—――双黒鎧装エクリプス黒槍ランス



 掴み取った全てを黄金の王へと叩き付け、決着はついていた。


 既に街路樹は全て吹き飛び、ガードレールもへし折れ、道路も酷い惨状で亀裂が広がって真横のビルの壁にも影響が出ている。

 全力を吐き出して戦ったせいで周囲に割いた意識が限られたせいだ。

 大いに無茶をしたせいか、体が重くて立っているのがやっとである。


 普段の感覚だけで言えばまだ余裕はあったはずだ。


 しかし、ぶっつけ本番だった鎧装解放と、一瞬だろうが鎧装を進化させた消耗は予想以上に大きい。

 体が慣れていない状態で無理に力を引き出せば、通常の数倍疲れて当然だ。

 全身の風が徐々に装甲の形を取れなくなっていくのを見ても、姿を隠す気力が湧いてこない。

 ここで渡と話を着けるのは絶対条件だ。


「・・・・・・何とか、なったね。あの人は生きてるよね?」


「ああ、生きてる。カンナのお陰で助かった、無理させたな」


 カンナも一時的に激しい消耗をしたせいで、アスタロトの姿を解除せざるを得なくなっていた。


 楓人の傍で荒い息を吐き、向こうではまだ晴れ切らぬ砂埃を見透かそうとする。

 この戦いのルールには、審判役の紅月が命を落とさないように参加者を守護する契約があった。

 例え契約がなくとも、渡が命を落とす可能性はないと踏んでいたが。

 紅月が命を守るギリギリのラインで張る防御に、渡の実力が加わればと最初から計算した上で力を引き出したのだから。


「・・・・・・ちっ、仕方ねえ」


 渡は晴れた埃の先でまだ辛うじて立っていた。

 右腕を左手で抑えつつも具現器は解除されて、ゆっくりと楓人達に足を進める。

 まだ、アスタロトの風の残滓は残っているので顔を隠せないこともない。

 でも、それでは渡と本気でぶつかっていると言えない。


 躊躇いはある、皆に対して申し訳なくも思う。


「カンナ、風を解いてくれ」


「うん、本当にいいんだよね?」


 カンナは楓人の決意を込めた瞳を見て、首肯を受けると最後に残した風を解く。

 残ったのは黒の騎士ではない、真島楓人と雲雀カンナだ。

 黒の騎士のままではこの男とは向き合えない。

 これから盟友となるなら、こちらだけ顔を見せないのは対等と言えない。


「・・・・・・そういうツラだったのか、お前は」


「ガキだって馬鹿にされるかと思ったけど安心したよ」


「するかよ、ガキにしては場慣れしてやがるからな」


 戦いは終わったと互いに認識しているが、楓人には渡に聞くべきことがある。

 人柄は知っているつもりだ、無暗に人を殺さない心を持った人間だと言うことも彼は自分自身の活動で実証していた。


 後は、その心の在り処だけ。


「何の為に戦い始めたのか、聞いてもいいか?」


 その願いはどんなものだったのか、刃をぶつけ合った今だからこそ聞けるような気がしていたのだ。

 それさえ聞ければ、もう楓人が掛けるべき言葉は決まっていた。


「・・・・・・お前も見ただろう、大災害の日に。人がゴミみてーに死んでいった。俺の妹や家族もその日に死んだ。俺の住んでいた場所は被害が最大だったからな、運が悪かったっつーだけの話だ」


「・・・・・・ああ」


「そうは理屈では言ってもだ。運が悪かったってだけで・・・・・・割り切れるわけねーだろうがッ!!」


 渡はぎりっと歯を食い縛る。

 今までに見たことのない悔恨と怒りを浮かべ、リーダーの仮面の裏に抱え続けたものを吐き出す。

 リーダーとしてレギオン・レイドを創り上げた男が、何の信念もなく戦い抜けるはずがない。

 きっかけとなった過去を、今になって掘り起こすのは残酷だろう。

 それでも、ここに渡の全てを知っておかねばならなかったのだ。


「あの日、何もなかった人間が変異者になった。暴走して、他人を殺しやがった。運が悪かったって理屈だけで・・・・・・殺されるなんざ筋が通らねえだろ」


「・・・・・・暴走?」


「あ?知らねーのか。あの日、変異者の一部は無理やり進化させられた。強引に人に荷が重い物を叩き込めば暴走して当然だ。そんなもんで人間が死ぬなら・・・・・・誰も筋を通せねーんなら、俺がやってやる。俺なら出来る、そう思っただけだ」


 大災害時に変異者の暴走があったことを楓人は知らない。

 あの日に紅色をした強大な力を見た。理性を以て人を殺す影を見て、大災害が人災であると確信しただけの話だ。

 変異者が増加する前から構想があった管理局は、本当に変異者が暴走した過去を知らなかったのか。

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