第207話:回り出した歯車
「ちょっと前にテレビで竜巻発生の報道されてたじゃん?あれがさ、どう見ても竜巻の被害じゃないって現場の写真が上がっちゃってんの。ほら、これ!!」
「「・・・・・・・・・・・・」」
楓人と柳太郎は写真を見て、何かを察して沈黙を守った。
拳で抉り取ったかのような跡、渡が足場に使ったせいでビルの側面に付いた足跡にも見えなくもない痕跡。
確かに竜巻ではこれはならないだろうと認めざるを得ない。
言うまでもなく、渡との最終決戦地である。
事前に竜巻警戒として管理局が人払いを強引に成功させたはいいが、後に色々と無理が発生している。
この規模の戦いで極度の重傷者が出なかったのは客観的に見れば奇跡だ。
「しかも、街の方々で変な跡が幾つも見つかっちゃってるワケ!!」
「竜巻で物が飛んだとかじゃねーの?アレって自転車とか平気で飛ぶだろ」
「周りが全く壊れてないのに、一部分だけ壊れてんのおかしいっしょ?」
「・・・・・・わかった、ちょっと情報は集めてみるよ」
楓人が説得は不可能だと察して、都研で扱うとして話題を切る。
本当に調べても関係者の多くがここにいる以上、絶対に真相に繋がる情報を陽菜には渡すことはない。
そうは言っても、大した理由もなく拒否しても陽菜は納得するまい。
今までも変異者の起こした事件は報道されることもあったが、動きが激しくなってくれば存在が露見する可能性もあるのだ。
かと言って表沙汰にすれば、表向きは平和な世界は崩壊する。
人々の中にいつでも人を殺せる存在が大量に潜んでいると知れば、何の力も持たない者は恐怖に包まれる。
持つ者と持たざる者の交わる世界の実現は、変異者同士が手を取り合うよりも遥かにに難しいことだ。
共に生きていくには変異者側が己を律して歩み寄るしかない。
始まった授業の板書を適当に取りながらも、楓人はどうにも身が入らない。
これからのことに、何となく思考を飛ばしながら窓の外を眺める。
セミの鳴き声も、晴れた青空に綿を千切ったような雲が浮いている様も、夏が来たのだと改めて実感させた。
「何、ぼーっとしてるのよ」
特に叱る様子でもなく、後ろの席の椿希が小声を掛けてくる。
椿希は真面目ではあるが、他人の一挙一動を逐一叱るタイプでもないので咎める意味は特になかろう。
「いや、夏休みどうっするかなーってさ」
七月二日、夏休みまであと二週間と少しだ。
コミュニティーの活動があるので遊んでばかりもいられないが、遊べる時には遊んでおくのが楓人達の方針だった。
メンバーも仕事は十二分に果たしてくれているので、今後の方針転換は必要ないと思っている。
「久しぶりに海でも行く?」
「椿希の水着が見られるなら行くか」
「そう言うと思ったわ。別にカンナほど大層なものじゃないけど」
ちらりとカンナを一瞥すると視線が合う。
嬉しそうに笑い返されたので、手を振るわけにもいかずに反応に困る。
どうやら楓人程には肉体のダメージはなかったらしく、カンナは戦いの二日後には元気そうな様子を見せていた。
実際に使役した人間の方が、最初の進化の代償を支払う形だったようだ。
「男にとっては大層なもんだろ」
「楓人が見たいって言うなら考えてもいいわ」
「じゃ、見たいな」
「・・・・・・返事早いわね」
楓人とて年頃の男なので、水着を見たいかと言われれば返答は決まっている。
海に本当に皆で行くかは、行けるかはともかくとして少しは夏休みを満喫する権利はあるはずだ。
渡とも入念に打合せして今後の方策を組まねばならないだろう。
ここから世界は変わっていく。
その果てに大災害の真実が過酷なものだったとしても前に進もう。
「夏休み、か・・・・・・」
今の生活に変異者の行く末以外で不満など何一つない。
コミュニティー、部活、色々なことへの明るい未来があらんことを願って。
黒の騎士は再び晴れ渡る青空を見上げた。
改めて、本日は快晴だ。
―――ようやく、時は進み始めた。
平日の昼ともあって、人もそう多くないカフェの片隅。
紅がかった黒髪が目立つ男と、日に透かせば青さが見て取れる髪の男が向かい合ってコーヒーを嗜んでいた。
スカーレット・フォースのリーダーである紅月柊と向き合うのは、大学をサボってここにいる城崎界都だ。
二人は幾らか肩の力が抜けた様子で話を進めていたが、その話題は先日のエンプレス・ロアとレギオン・レイドの決闘に向いていた。
「参加しておいて何だが、どうして審判役なんて引き受けた?あんたしか出来ないだろうが、面倒なことは俺なら受けない」
「俺は不必要なことはしないよ。あの二人が手を組むのは絶対条件だ。今後、必ず役に立つ時が来るさ」
紅月は落ち着いた様子で告げると砂糖の入っていないコーヒーを一口飲む。
その淡々と未来を語る様子を見て、城崎は鼻を小さく鳴らすと考えの分からないリーダーを一瞥した。
理解はしているつもりでも、どこまで読んでいるかは知り得ない。
「俺もあんたがやろうとしてることを少しは知ってる。だが、あんたの言うことはまだ理解できそうにない」
「理解できた時、界都と俺は敵同士かもしれないな」
「あんたと敵になるつもりはねえよ。方針に納得した上でコミュニティーに入ったんだ。そっちが主義を曲げない限りは敵になる理由もない」
「・・・・・・そうか、何よりだ」
紅月の唇に微かに温度を持った笑みが浮かんだ。
若き紅の王が見せる数少ない若者相応の感情からは、城崎をそれなりに信頼していることが伝わってくる。
閉じた目を開けると、紅月は口を開く。
「世界はこれから動き出す。俺自身が動く時もそう遠くはないだろう」
それは確信を持った予言だが、城崎は与太話だと断じはしない。
紅月が確信と共に言い切った予言は基本的に外れたことがなく、何か根拠があるのだと知っていた。
今まで凍り付いていた変異者達の時は、
歯車は少しずつ、確かに回りだした。
第三章:白銀の一葉編 -シルバー・リーフ- END
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