第200話:風の刻印


 無論、この一撃で勝負を決めるつもりで突っ込んだわけではない。

 燐花は身体能力こそ優れるものの、唯のように近距離で真価を発揮するタイプの変異者と真っ向から戦えば勝ち目はない。

 それは柳太郎とて察していたから、無理をしてまで前衛を張り続けて彼女が準備を整えるのを待っていたのだ。


 左手に握り締めた銃、それをあろうことか燐花は唯へと投げ付けた。


 叩き付けられた銃はまるで閃光弾のように弾け飛んで、余波から生まれた風が唯を囲むように吹き抜けていく。

 これこそが彼女の切り札、仲間の助けを得て初めて輝く戦術。


「ありゃ、何にもないじゃん」


 唯は自分の体を見回すが何も起こっていないように見える。

 外傷もなく、ただ周囲を静かな風が吹いているだけで変化はほぼない。


「まだ、気付かない?あたしの欠片をあんたの周りに置いてきたのよ」


 燐花は不敵に笑うと指先で微かに吹く風を慈しむようになぞる。


「もうあいつを拘束する必要ないわよ。思いっきりやんなさい」


「おうよ、アイツを抑えとけばいいんだろ?」


 柳太郎に向けて声を掛けると彼女の握る銃の銃身が大きく伸びる。

 今までの破壊力と精度が増す狙撃形態ではなく、更に銃はその形を変えた。


 そして、柳太郎が肉薄して剣で唯と打ち合って時間を稼ぐ。


 柳太郎の生成する糸の剣は何度折れても代わりが生成できるので、唯の具現器アバターに凍らされようが関係ない。

 幾度だろうと火花を散らし、使えなくなれば投げ捨てて更に距離を詰める。

 ここまで接近戦を続けたことは唯もそう記憶になく、白銀の騎士はそれを成し得る強力な変異者である。


「さてと・・・・・・ホークアリア、重砲変形カノン


 生成された鳥の足にも見える二本の鋼の足が、二メートル近い銃口を支えて照準を安定させる役割を果たす。

 銃口の幅も長さも増したことで得られる恩恵は、単純に弾丸を構築する風を取り入れられる量が増加したということ。

 発射の時に発生する反発から主を守る為に、手元には魚類のヒレにも見える風避けが装着される。


「そんなデカいの、当たらないってば!!」


 唯は柳太郎と戦いながらも、その肥大化した銃口から逃れ続ける。

 彼女自身が言う通り、敏捷性が非常に優れる唯にあれだけの大型兵器を当てるのは難関と言えよう。


 しかし、その為の仕込みが先程の謎めいた接近戦だ。


 置いてきたのは燐花の一部とさえ言えるもので、分かたれた力は互いを求めて引き寄せ合い続ける。

 そう、つまり結果として起きる現象は簡単な話。


「しばらく、あたしの弾はあんただけを追うってことよ!!」


 刻印を付けた相手への自動追尾、それが燐花の切り札。

 いかに普段は当てづらいだろう攻撃も、この瞬間だけはどれだけ雑に撃っても敵へと自動で収束していく。

 時間制限はあるものの、一定時間だけ燐花は一対一でも唯レベルの変異者と戦えるまでに引き上げることが可能なのだ。


「ちょ、無茶苦茶しすぎでしょッ!?」


 さすがの唯も柳太郎の相手を放棄して、襲い来る風の大砲を必死で躱す。

 弾丸の追尾は永遠ではないが、躱したはずの弾が何度か曲がってくるだけで唯の勘は大幅に狂わされてしまう。


 一つを斬り裂き、一つを躱し、何とか脱落を防ぐ為に回避を実行。


 この怒涛の攻撃を前に一発も被弾していないことが既に脅威だ。

 しかし、その追い詰められた先には白銀の腕が待っていた。


「・・・・・・あっ!!」


 受けた剣ごと、フォルネウスの腕は唯を後ろへと強かに弾き飛ばしていた。

 初めてまともに被弾した唯が止まりかけた呼吸を立て直し、再び立ち上がるのを見た二人は彼女が頑丈さまでも水準を超えることを知る。

 あの一撃を受けてすぐに動けるだけでも信じられない。


「ねえ、あんたはもう休んでていいわよ」


 燐花は荒い息を吐き始めた柳太郎を一瞥すると戦友を労わる。

 白銀の騎士として柳太郎が参戦していなければ敗北の可能性が高かった程に一日中、戦い続けていたのだ。

 コミュニティーの為に戦った友人の気持ちを汲んでやる程度には彼女は情を知る女ではありたいと思っていた。

 ここからは柳太郎の力にも疲労が見えてくるだろうし、そうなれば唯ほどの変異者には通用しなくなる。


「いいのかよ、オレが抜けても勝てんのか?」


「ここまでお膳立てしてくれれば十分よ、もう足だって笑ってる癖に」


「バレバレかよ、危なくなったら手を出した方がいいか?出せる体力が残ってるかは知らねーけど」


 その質問に対して彼女はゆっくりと首を横に振った。

 これで勝てたとしても燐花一人で勝てたとは到底言えないだろうが、唯に対して因縁めいたものを感じているのも事実だ。

 意見の違いがあって、互いに思ったことは口にする性格。

 とても仲良くやれそうでいながら、ずっと言い合っていそうな不思議な関係になる予感を今まで抱えていた。


 そんな彼女と相対するのも何かの縁だ、最後の戦いくらいは堂々と受けよう。


 勝利の為に役割を果たし続けた燐花が、最後の最後で口にする我が儘だった。


「何か、アイツには負けたくないのよね」


 きっと、それは唯とて同じだろう予感はある。

 燐花は闘志を漲らせた唯を一瞥すると、体内の呼吸を静かに入れ替えた。


 この戦いはもう長くは続くまい、終わる時は一瞬だ。

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