漆黒騎士の都市伝説 （ダークナイト・フォークロア）

第199話：読みの応酬

　唯を相手に短期決戦を望むなら、今ここで攻めあるのみ。

　燐花と柳太郎は互いのビジョンを共有すると、まずは柳太郎が最初に動く。

　唯もまた、柳太郎との真っ向からの勝負は避け、常に二人目の銃口を意識して軸をずらし続ける離れ業をやってのけている。

　しかし、柳太郎とて多くの変異者と戦ってきた熟練者。

「よう、高速で飛び回る物の捕まえ方って知ってるか？」

「人を蛾とかセミみたいに言わないでくれる！？」

　柳太郎は得意戦術とも言える、空間に潜ませていた白銀の網を手繰り寄せる。

　まるで蜘蛛の糸のようにも見える糸の陣は唯の逃走経路を塞ぎ、その疾走経路をわずか一手で封鎖していた。

　だが、唯も糸の陣が完璧でないことを悟ると、唯一の逃走経路である背後へと跳んで糸の包囲から脱出しようとする。

　後ろにしか逃れらない獲物、そこまで狩人が誘導した可能性へと瞬時に思い至れと言う方が無理な注文だ。

「･･････貰ったッ！！」

　緑色の輝きと共に燐花の双銃が風の弾丸を放つ。

　彼女とて超人に見合った訓練の末に、並々ならぬ精度を獲得することに成功した生粋の狙撃手だ。

　人を殺さないように戦闘不能にする、その為に始めた具現器（アバター）の制御訓練は今や無意識のレベルで正確な射撃を実施できる。

　射撃は銀糸の陣のわずかな隙間を正確に縫って、計二十発超の弾丸が唯を容赦なく強襲していく。

「う、うっそ、そんなのアリ！？」

「あんたを倒すって言うなら、こんぐらいじゃないとね！！」

　柳太郎が張ったフィールドに合わせて安定しづらい両手銃での連射を一部の狂いもなく成功させるなど変異者の中でも並外れている。

　陣を張る方もだが、狙う方もどうかしていると言えよう。

　しかし、それでも唯は動揺を押し殺す。

「そんなら･･････反発せよ（リアクティブ）！！」

　引くは左の氷銃の引き金、青白い光が空間を斬り裂いて突貫していく。

　その光の周囲空間に触れた弾丸は全て霧散して消えた。

　レーザー光線めいた軌道で馬鹿げた威力を秘めた弾丸を放つ、それがセイレーンが銃の状態で反発（リアクティブ）を使った際に得られる力だ。

　糸の結界さえも一部を壊滅させた切り札は、的確かつ正確に戦況をひっくり返すだけの威力とインパクトを秘めている。

　彼女は城崎等からも頭が良くないと評されることも多いが、こと戦闘に関しては並外れた勘を利用して最適解を選び取る。

「･･････うわっと、あっぶなーっ！！」

　更に追撃で襲うは糸によって構築されたフォルネウスの巨腕、白銀の強襲を唯は体を捻ることで躱していく。

　彼女を捕えようとする糸を同時に躱し、この波状攻撃を踊るが如く華麗に回避して確実な未来を掴み取る。

　同時に燐花と柳太郎は彼女の戦いぶりを見て感じた。

　―――楓人でも手を焼くだろうほどに彼女は強い。

　卓越した身体能力と反射神経、戦場での優れた嗅覚、対応力も能力そのものも非常に高い具現器（アバター）を使いこなす。

　まさに戦闘を目的とする変異者としては一つの目標と言える程に、彼女の強さは完成されたものだった。

「ね、ちょっと作戦があるから耳貸しなさいよ」

「どうせ、オレを囮にする作戦だろーが。別に構わねーけど、それならお前の方にアイツを倒す切り札がなきゃダメだろ」

「隠し玉があんのよ。いいから黙って聞きなさいって」

　こそこそと話し合う二人を前に唯は特に邪魔する様子もない。

　柳太郎は仕掛けてきてもいいように抜かりなく策を練っていたのだが、その必要もなかったようだ。

「待たせたわね、随分と余裕じゃないの」

「邪魔するほど野暮じゃないよ。一回、燐花と正面からやってみたかったし」

「それじゃ、思いっきり相手してあげるわよ」

　再び前衛を務めるのは白銀の騎士だが、彼は今までの戦いで大きく消耗している

　せいで存分に力を振るえばガス欠だ。

　だが、柳太郎はそれさえも織り込み済みで燐花の作戦に乗った。

　出し惜しみなしと言わんばかりに次なる糸の塊が唯を襲い、今までの焼き直しのように彼女を徐々に追い詰めていく。

　間に挟まる燐花の弾丸も厄介で、唯がその二つを躱し続けているだけでも奇跡に近い身体能力である。

　体力の消耗、今までにも勝る手数、要因は様々だったがついにフォルネウスの両腕は彼女を捕捉した。

　タイミングは完璧、動きを誘導した先に白銀の騎士の優れた読みが見事に重なった乾坤一擲と言える一撃。

　それには唯も咄嗟に自身の最大を放つしかなかったのだ。

「―――反発せよ（リアクティブ）」

　次は刃型の具現器（アバター）による反発作用、腰を落とした先には破壊力も範囲も膨れ上がった必殺の一閃が放たれる。

　いかに糸で構築された悪魔の腕とはいえど、その破壊力には構成そのものを絶たれて霧散していく。

　刹那、さすがの唯も反応が遅れた。

「･･････あ、やばッ！！」

　直接に突進してきている白銀の騎士を相手に唯は辛うじて防戦を間に合わせた。

　唯ほどの変異者であっても一撃の後にはわずかな隙が出来る、それを柳太郎は見逃さない。

　そして、その目的もまた決着をつけることではない。

　本当の目的を悟った時に唯は表情を驚きで染めた。当てが外れた、この白銀の騎士による最後の突進すらも囮で本命は燐花だ。

「取った･･････！！！！」

　想定外だっただろう、まさか狙撃手自らが。

　接近戦を挑んで来るなんて。