第201話:水と風
これが最後の激突であろうことはお互いに理解している。
消耗度合いは唯が格段に上で燐花の切り札も発動済み、これで戦果を残せなければ傷付いた他のメンバーにも申し訳が立たないだろう。
最低でも相打ち、それが燐花に求められる戦果だった。
「いいの?二人がかりでも卑怯なんて言わないよ」
「いいのよ、最後くらいはあんたと真っ向から勝負しときたかったから」
「私もそう思ってたとこ。気が合うじゃん」
「気が合わないから、こうして戦ってるんじゃないの?」
どこか仲良くできそうでいて、相容れない考えを持っている。
思えば不思議な関係ではあるが、この場においては純粋で真っ直ぐな闘志を持って二人は対峙することとなった。
この交錯で二人の戦いは終わる、だからこそ一瞬に全てを賭けて。
「じゃ、行くわよッ!!」
引き金を引いたのは燐花、砲撃形態を維持したままで放たれる砲弾は躱す唯の動きに唸りを上げて追尾していく。
この状態では弾き出す風の量が最も多く、弾速も簡単には躱せない程に速い。
さすがの唯もこれを躱しながら攻撃に転じるのは容易ではない。
銃でいう冷却時間は五秒、その時間を待ってもう一度だけ砲弾を追加すると燐花は思い切りよく銃の形状を変化させる。
最も威力と弾速に優れる弾を送り込んで体勢を崩し、最も対応し易く手数に優れる形態で迎え撃つ。
この弾幕を掻い潜るか、このまま封殺されるか。
つまり所、この戦いの勝敗はタイプの違う二人が得意距離に持ち込むかどうか。
「
引き金を引きかけた彼女は咄嗟に後ろへと跳んだ。
さっきまで彼女がいた地面には鋭利な刃物で斬り飛ばしたような傷跡がありありと残っている。
風の砲弾が斬り裂かれる様子で危機を察知し、素早い回避を実行したのが功を奏したと言えよう。
「さて、もうアレは撃てないっぽいね」
左に銃、右には剣、そして彼女が有する
砲撃を行うには変形を通常より長く行う必要があり、その選択肢を選べば唯は間違いなく突進して勝負を決めてくる。
左右の引き金を引くと大量の風の弾丸が唯の進路を阻む。
それでも反撃に左の氷銃からの射撃を打ち返されるので、燐花は常に動きながら射撃を返さねばならない。
弾丸自体は唯へと吸い込まれるとはいえ、動き続ければ体力は確実に削られる上に隙も出来やすい。
近付かれれば動きを阻害する反則級の攻撃手段を持っており、敵自身にも攻撃手段があるせいで弾丸を防御にも回す羽目になる。
「さーて、そろそろ行こっか」
唯が放ったのは左の銃の弾丸、それは霧のように薄っすらと彼女の前を埋める。
そして、唯はその中へと突っ込んできた。
わずかに凍り付く霧の盾とも言えよう力は風の弾丸を苦も無く弾いていく。
「んなっ、ズルじゃないの!?」
「対策ってヤツ?ズルじゃないよ!!」
狙撃手に対する明確な回答には準備までに時間を要したのだと察するも遅い。
唯の卓越した速度なら数秒もかからずに、風の弾幕を掻い潜って燐花の喉元に達するに違いない。
だが、燐花とて不審な霧を前に手をこまねいて見ていたわけではない。
「……どーせ、こんなことだろうと思ってたわよ!!」
砲撃に特化した姿、それは霧を展開してから突進までの間に展開を完了して唯を待ち受けていた。
敵が現れる位置まで完全に予測して、砲身を構えた状態で罠を仕掛けたのだ。
この距離なら躱せないはず、と予測を裏切って仕掛けた罠は完璧に唯を捉えた。
「どーせ、こんなことだろうと思ったよッ!!」
唯は砲身の姿を確認するや否や体を捻って、わずかに
燐花の砲撃には明確な欠点があり、一度出現させた砲身は近距離戦になってしまえば簡単に逸らすことが出来ない。
また、一度放てば冷却時間が必要だということ。
こうして変則軌道で回避されれば後に待っているのは敗北。
そう、弾丸を一度放ってしまえば。
「……撃たれて、ない?」
唯の動きを読んで霧の先で待ち構えたというのはわかる。
砲撃であれば霧の盾と言えど防げないので、その攻撃が最適解だということも理解できる。
だからこそ、どうせ役に立たない霧の盾を捨てて、こうして変則軌道で躱した唯が読みで上に行った。
―――本当に、そんな単純なことなのか。
単純な話ならば、なぜ燐花は最初の砲弾を撃たなかったのか。
迷いを振り切って唯は剣を振るうと、自分の牙城で勝利を掴み取ろうとする。
燐花の切り札は厄介だったが速度を最上とし、防御手段まで持っていた唯とは相性が悪かっただけのこと。
「完全に勝ちきれないのはムカつくけど……」
それでも、負けるわけにはいかない。
燐花に居場所をくれた仲間達を心底大切に思っているから、掲げた平和に嘘がないことを知っているから。
最初から、砲撃などするつもりはなかった。
手に抱えるは燐花の風を集結させ、表面上は砲身に見せかけた爆弾に過ぎない。
躱せない至近距離へと唯の方から踏み込んでくれる、このパターンが最も勝率が高いと踏んで待ち受けた。
一対一では勝てないことを受け入れた砲撃手の最後の策。
「あたしと一緒に脱落して貰うわよ」
そして、結集した風は行き場を失って炸裂する。
「……あはは、滅茶苦茶するよねぇ」
「あんただって一緒でしょうが……」
少し後、決着は明らかとなる。
その場で力を失って壁に寄りかかる唯と、地面に倒れて手足の力を抜いた燐花の姿があった。
さすがにあの一撃を正面から喰らっては唯もたまったものではない。
どこからか様子を伺っている紅月の護りによって絶妙な調整をされたせいで、戦闘不能だが会話程度は出来る塩梅を維持していた。
二人は全力で戦い合っていたにも関わらず、どちらともなく笑う。
相手を殺す為でなく、制する為に手抜きなく戦い抜いた。
その事実と全てを吐き出した爽快感が二人の間にあった最後の壁を打ち崩したのかもしれなかった。
これで唯も戦闘不能、戦況はリーダー同士の戦いに託されたのだ。
「勝たなきゃぶっ飛ばすわよ、リーダー」
夜空を見上げ、熱い息を吐き出した燐花は小さな声で呟いたのだった。
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