第196話:黄金の進化


 これは柳太郎の時とは違う戦いだ。


 柳太郎の時はお互いの気持ちを確認し合う手段が戦うことだったので、互いにどこか信頼のようなものがあった。

 しかし、今回の渡は自身のプライドを全て賭けて戦いに臨んでいる。

 故に甘えも妥協もない全力で勝ちに来る戦い方で黒の騎士を潰しに来ていた。


「……さすがに速いな」


 楓人も速度には自信があったが、渡の瞬発力はそれ以上だ。

 時折、輝く金色の光と共に街路樹を助走の一蹴りで薙ぎ倒し、アスファルトの破片を飛散させ、その疾走だけで街に爪痕を残す。

 全力で敵を狩りに来ている渡は獣にも勝る暴威を振り撒きながら、漆黒の伝説へと喰らい付く。


 爪を槍で弾き、黒い風で挙動を乱す。


 それでも黄金の疾駆は止まらずに爪を振るい続けた。

 ビルの壁が欠け、ガードレールがひん曲がる。

 右から抉り、反動を利用した左の蹴り、真っ向から掴み掛かる爪。

 蹴り砕かれる物質と引き換えに得られる速力と勢いを乗せた連撃は反撃の隙を許さない嵐だ。


「どうしたよ、随分と大人しいじゃねーか」


 道路に着地した渡は戦意に満ちた鋭い眼を楓人に向けた。

 楓人の目論見が大きく外れたのは、この動きをしてもなお大きくは削れていない渡の驚異的なスタミナだ。

 耐えているだけで勝機は訪れると踏んだが、そう簡単に勝たせてくれる相手ではないらしい。


「どうやったらお前に勝てるかを考えてたんだよ」


 スタミナ切れが現実的でないとすれば、真っ向からこの速度を攻略するしか道はないということだ。

 黒の風で待ち構えるか、あるいは破壊力同士の真っ向勝負か。

 豊富な力の形状故に取れる戦略は多いが、その中で難敵に通じるものがどれだけあるかは怪しい所である。


“お前ならどうする?”


“真っ向からやって、ガッツリ捕まえる……かな?”


“よし、それ採用。頼んだ”


 普通の人間からしたら意図が掴めないだろうが、カンナも楓人には大体のニュアンスが通じると確信しているから感覚的な言語で返答してくることも多い。

 今の渡には全力で挑むが故にいつもの余裕がない、そこを上手く突ければ勝機はあるはず。


 再び黄金の獣は街を揺るがして疾駆する。


 今度は黒の騎士は逃げも躱しもしない。

 腰を落とすと左右の腕を後ろに引いた構えで風を周囲に集結させる。

 この特殊な構えを見ただけで渡も悟っただろう。


 真っ向から、この馬鹿げた威力の突進を受け止めるつもりだ。


「面白、れえッ!!!」


 街灯を捻じ曲げて、こちらへとベクトルを変えた獣の王は歓喜に震えながら真っ向勝負に応じる。

 鋼同士が互いを削って、散るは無数の火花。


 体が後方に持っていかれる衝撃を足を踏み締めて堪えるが、体が強引に後ろへと引き摺られる。


 踵の装甲が地面を不快な音と共に削ると轍を戦場に残す。

 アスタロトの装甲の一部に亀裂を入れられながらも、楓人はそれでも衝撃を全て殺し切ってなお立ち続けている。

 隙を逃す楓人ではなく、刹那の間に漆黒の鎖が渡の全身に絡み付いていた。


 黒鎖戦型フォルムチェイン、それが獣の猛進を止めるには最も適した形態の名だった。


「ちっ、何だ……こりゃあ」


「いくらお前でもそう簡単にこの拘束を抜けられないだろ」


 そう言いながらも油断せずに鎖への力を強めていく。

 ここで油断して力を抜いたせいで拘束に失敗したとあっては、戦ってくれている仲間達に顔向けできない。


「確かにな。だが、これで終わりなんざ呆気なさすぎるとは思わねえか?」


「……ああ、そうかもな」


「折角、久しぶりに燃えてんだ。ここで終わりはねえだろうが!!」


 渡は高揚を声に、表情に滲ませながら叫ぶ。

 ここまで自分と戦える変異者がいたことに、殺し合いなんて生臭いものではなく全力で向き合えることで喜びを表した。

 同時に渡の全身を黄金の輝きが這うと装甲がわずかに変化していく。


「……何?」


 完成した状態からの装甲の進化、そんなものは知らない。

 恐らく烏間が扱っていた根源の力、火種と呼んでいた力を完全に使いこなした先にある力。


 脚部には更に厚い装甲が覆い、両足に鋭い刃が一本ずつ出現する。


 腕の装甲も更に鋼が重なって禍々しい刃の塊へと変貌していた。


 そして、同時に渡から感じていた殺気が格段に増したのを感じる。

 今まではアスタロトと共に戦う楓人が自分より明確に強いと感じたのは、紅月柊だけだった。

 しかし、進化を受け入れた渡は黒の騎士をも凌駕する濃厚な強者の気配を以って君臨している。


“楓人、あれは……!!”


 言われるまでもなくわかっている、理解させられている。

 アレは、例え漆黒の伝説であろうと正面から相手にすればまずい。


 黒の鎖は軋みを上げて、ついには弾け飛ぶ。


 この形態を単純な力で引き千切られる時点で力量は知れるというもの。


「まだ扱いには慣れちゃいねえが……お前なら、こいつを使っても死なねえだろ」


 振るわれた爪の速度は人知を超えていた。反射で躱せたのは読みががっちりと噛み合って末に生まれた偶然にも近い確率でしかない。


黒拳装型フォルムフィスト……ッ!!」


 近距離での爆発力では最も優れる拳型の装甲に切り替えて、咄嗟に黄金の爪を迎え撃つ。さすがに破壊力では歯が立たないという程ではなく、楓人も後ろに吹き飛ぶが渡もわずかによろめいた。

 距離を取ることには成功したが、この程度の距離は今の渡なら秒で潰す。

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