第197話:漆黒の進化へ
“カンナ、一つ聞きたい。アレは―――”
“……どうかなぁ、どっちにしても少し時間かかると思う”
そのわずかな隙で相棒と言葉を交わして、知らねばならないことを確かめた。
もう認めざるを得ないが、今の状態の渡は身体能力でも破壊力でも黒の騎士を上回っている。
それを打倒するには相応のリスクを支払わねばなるまい。
「………ッ!!」
渡の爪が地面を抉り、クレーターめいた亀裂を広げる。
馬鹿げた破壊力と速度、それに辛うじて対応するだけでも精一杯だ。
未だかつて、ここまで純粋な力量で楓人が追い込まれたことはなく、渡という男が手にした力は変異者としての常識を遥かに超えている。
「………
渡が呟くと共に更に爪を薄っすらと黄金の輝きが覆うのを見て、本能がしきりに警鐘を鳴らしてくる。
アレを喰らえばただでは済まない。
アスタロトの装甲でもあの一撃は意味を成さないと察して、出し惜しみなくギアを引き上げていく。
加減などしていては、この男には万に一つも勝てはしない。
拳を覆う装甲を一瞥するとその出力を極限まで持っていく。
「
余波は周囲の瓦礫を吹き飛ばし、暴風を周囲に振り撒く。
腕を一本の凶器と化した最大出力の一撃でも、端から見れば互角かもしれないが実際は明らかに押し負けていた。
闘いにはなっているものの、全てにおいて押し負ける。
そうなれば、やはり大博打を成功させるしかないか。
あまりにも無茶で、今までならば絶対に取らなかった博打にも等しいぶっつけ本番の作戦。
先程、楓人はカンナへとこう告げていたのだ。
“アレは、俺達にも出来そうか?”と。
渡の根源の力を極限まで引き出す手法は誰に教えられたわけでもなく、自分で答えを見つけたのだろう。
変異者としてはまさしく傑物と言ってもいい才能の持ち主だ。
だが、楓人はアスタロトにもそれが適用できるのはないかと考えた。
今まで、アスタロトと話し合いながら自らの能力を開拓してきたこともあって彼女の力を使いこなしている自信があった。
しかし、過去に試していないことに気付いた。
今までの
―――では、それを根幹を成すアスタロトの装甲に適用すれば。
簡単に出来ることではないが、もし成功すればアスタロトそのものの出力が大幅に向上して新たな力を得られるかもしれない。
より強い力で全ての能力を向上させる、そんな力があれば渡にも紅月にも十分に対抗できる。
“大分、無茶なこと言ってるよね……”
“悪いな、毎回付き合わせて”
無茶もいい所だが、試す価値は十分にある。
「この戦いの中で会得してやるさ、ヒントは目の前にあるんだからな」
そう決意したはいいが、渡が止まってくれるはずもない。
斜め上から叩き下ろされる爪を槍で逸らし、続く爪の連撃を火花を残して一つ、二つ、十二を数えるまで弾いて捌く。
しかし、その間に掠めた爪は堅牢で知れたアスタロトの装甲を難なく傷付けていく。
「しぶ、てえなッ!!」
蹴りが防御を入れた腕ごと弾き、楓人の体を真横へと吹き飛ばしてガードレールへと叩き付けた。
視界が揺れかけるが、堪えて立ち上がると槍を再び構える。
その衰えない闘志を見て、渡はため息を吐くと体の力を抜いた。
「黒の騎士。俺はな、これでもお前を買ってるつもりだ」
「……それは光栄だな」
「犯罪者の抑止力になる集団を作り上げるっつーのは、言うのは簡単だが実際にやれる奴はそうはいねえ。少なくとも信念も持たねえ馬鹿には無理だ」
どうやら、渡なりに暴力のみで敵を捻じ伏せるだけでは本当の意味での解決にはならないと思い直したらしい。
決着をつけるのは互いに異存はないが、ここで説得して終わるならそれもいいと考えたのだろう。
今回の勝負を持ち掛けたものの、渡は決して暴力のみに頼る男ではない。
「俺と来い。悪いようにはしねえ。お前らの希望も全部とは言わねーが、それなりには聞いてやる。望むならコミュニティーごと残してやってもいい。俺がここまで譲歩するのは最初で最後だ。よく考えろ」
他人を騙すような嘘は吐かない渡がそこまで譲歩すると言うのなら、本当に約束は守るだろう。
それだけ、渡はエンプレス・ロアというコミュニティーの強さと信念を評価して取り込みたいと思っているのだ。
これほどの男に評価されたことには感慨深さもある。
だけど、それだけは出来なかった。
「悪いな、俺達を評価してくれてるのは本当に嬉しい。だけど、皆を巻き込んで戦わせたのは俺だ。今更になって、誰かの下について楽しようなんて許されるはずないだろ」
コミュニティーのメンバーを巻き込んだのは紛れもなく楓人だ。
メンバー達のそれぞれの想いが結集して出来たのが今のコミュニティーである以上、それを放棄するわけにはいかない。
器でなかろうと楓人は皆に対して責任を持つ義務がある。
「苦しかろうと辛かろうと、降りるわけにはいかないんだよ」
まだ、アスタロト自体の解放には至らない。
この間にもカンナが渡の力の分析を続け、楓人は実際に刃を交えることで更に分析を深める。
必ず至れるはずだ、カンナと楓人の二人なら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます