第195話:最終局面開始


 現在の両陣営の様子を両コミュニティーのリーダーは、ほぼ時を同じくして把握することとなった。

 エンプレス・ロア側は楓人(カンナ)、怜司、燐花、柳太郎、彗、傘下のコミュニティーからは情報収集要員のメンバーが一名。

 レギオン・レイド側は渡、恵、唯、他四名。

 後者の陣営が思った以上に被害を受けているのは、表立った戦闘の影で敵メンバーを仕留めていた彗と楓人の活躍だった。

 当初は大幅に楓人達が不利だった戦場はむしろ優位に展開しつつあったのだ。


 ただ、陰で暗躍していた彗に渡は素早く気が付いた。


 そうして、生まれた構図は恐らく戦場で最適解だ。

 身体能力に優れる彗相手に渡は残る四名全員を送り込んだ。


「さあ、どうするよ……?見捨てるか、黒の騎士」


 渡は人知れず嗤って黒の騎士の器を図る。

 対して、器を試される楓人はついに今まで存在が露見しないように立ち回っていた封印を解くこととなる。


「カンナ、大将首取りに行くぞ」


“首は幾ら何でも可哀想だと思うけどなぁ……”


「いや、例えだって。本当に取るわけないだろ」


 仮住まいとして使っていたビルの空き階から飛び降りる。

 ここまではメンバー全員で考えた作戦通りになっていたのだ、ここで前に進まなければ意味がない。

 酷使してしまったメンバー達には本当に申し訳ないが、今は勝つ為として割り切るしかなかった。


 最初に九重が渡を引き付けて足りない戦力は明璃が埋め、燐花が渡への狙撃を成功させて所在を明らかにするまでが一つ目。


 その間に彗と楓人で情報収集に一役買っている者を潰し、怜司が指揮系統の恵を最低でも足止めする。


 柳太郎は楓人に代わって前線を支え、予想される強力な変異者を潰す。


 ここまでメンバーがやってくれたのだから、後は最終決戦に挑むだけだ。

 柳太郎と合流した燐花に話を通し、心を押し殺すと彗の無事を祈りながら渡の元へと向かう。

 残る人数を支えると提案してきたのは彗で、本来ならばそれが最善と知りながらも言い出せなかった楓人の内心を見抜いたようだった。


 これでエンプレス・ロアは楓人(カンナ)、柳太郎、燐花。


 レギオン・レイドは渡、唯が最終的に残ったことになる。



「さて、頼んだぜ。俺を一対一で戦わせてくれ」


 隣へと並ぶ足は白銀の薄い装甲に包まれている。

 一時は戦ったこともあるが、互いが親友だとわかった上で理解し合えばこの植えなく頼りになる存在だ。


「美味しい所は譲ってやるよ、今回は脇役で十分だ」


 そして、反対を歩むのはここまで温存してきた頼れる狙撃手。

 柳太郎と燐花に任せるのは渡に匹敵する戦力である唯だ。

 渡らしくない外部からの助っ人のせいで大分、計算を狂わされたがこの二人なら相手取ることは十分に可能だろう。


「ま、アイツとは一回やり合っときたかったし。引き受けてあげるわよ」


 気になるのは柳太郎の消耗具合だが、意外に器用な彼ならそれなりにはやってくれるはずだった。

 渡と唯の反応を示す地点まで三人は正面から辿り着く。


 奇妙な程に人のいない大通り、街路樹越しに遠く渡の姿が確認できる。


 そして、車道を挟んだ反対側にある、ブランコも何もなく草木がうっすらと生い茂るだけの自然公園。

 そこには二人の相手するべき敵が待機していた。


「じゃ、ここで解散か。負けんじゃねーぞ」


「わかってるだろうけど、あんたが負けたら終わりなんだから」


 ここまでお膳立てしてくれた仲間、加えて頼もしい二人。

 それだけのメンバーに恵まれたことが一人の人間として、本当に幸福であることを心の底から噛み締めた。

 胸の内から溢れ出しそうになる熱を噛み締めると、せめて二人が不安なく戦ってくれることを願う。


 リーダーとして、絶対の自信と少しの虚勢を前に差し出した拳に乗せる。


 言葉に全ての熱を乗せて笑った。


「―――誰に言ってんだよ、お前らも出来るだけケガするなよ」


 三つの拳が合わさって影は二方向へと動き出す。


 後は目の前の敵と戦うだけ。

 近付いた先には今にも堪え切れないとでも言いたげに、不敵な笑みを浮かべて楓人を出迎えた。

 きっと唯の援軍を受け入れたり、ここまでらしくない戦い方をしてきたのは最後で完全な勝負にこだわる為だ。


「やっぱりお前は俺をりに来たな」


「久しぶりだな、渡」


「ああ、すぐにこうなる予感はしてたがな。俺とお前はどっちかを取り込まなけりゃ先には進めねえ」


 レギオン・レイドもエンプレス・ロアも互いに力を欲しがる。

 根本的な考え方では最も似ているが故に、互いのリーダーが仁義を知ると理解しているが故にだ。

 言い換えるなら、お互いに相手を買っているということなのだ。


「さあ、俺達の部下共が生んだ時間だ。さっさと始めようぜ」


「ウチには部下とかそういうのはないけどな」


 構えるは黄金の爪と漆黒の槍。


 真正面からぶつかることがなかった二人はここで全身全霊を賭して、互いの尊厳と仲間の意志を背負ってぶつかり合う。

 愚直な激突は今までにないほどに苛烈だった。


「ッら、あっ!!」


「――――ッ!!」


 互いに振るった一撃は、具現器アバターとして構築した形状を一瞬にしろ揺るがせる程の破壊力を秘めている。

 後先を考えない全力同士の非効率極まりない喧嘩だ。

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