第192話:参謀の選択と親友の意地

 禍々しいつたのようにうねる大剣、その姿を彼は早い段階で晒したのは恵が渡と共有した作戦を見抜いていたからだ。

 恵の長期戦を考えたスタンスは怜司の近距離戦での破壊力を少なく見積もってのものである。

 つまり、そこから崩せば作戦は瓦解せざるを得ない。


「ディアボロス、喰化グラン


 その刃は斬った具現器でさえも一時的に影響を与える魔刃。

 恵が形成した障壁へと斬り込んだ刃は、まるでガラスにヒビが走るように防御に亀裂を広げていく。

 それを嫌って後ろへと下がりながら結界を再構築しようとするが、怜司はそんな余裕は与えずに彼女を追い続ける。


 今いる路地を抜けながら、わずか一メートルの距離で視線を交差させてどう出るかを読み合う。


「いつの間にか、雨は止むものですね」


 幾度目かの斬撃を崩壊しかかった防御で支えながら恵はそう告げる。

 詩的な彼女の言葉はこの戦いにおいて重要な意味を持っていた。


「貴方は私よりも強力な変異者です。ですが、負けないことは私にもできます!!」


 冷静な恵らしからぬ、熱を込めた声を放つと同時に右手を天に掲げる。

 事そこに及び、怜司は想定し得る限りで有数の面倒な結果になってしまったことを悟って溜息を吐く。

 彼女が必要以上に逃げていたのは、場所を探していたからだ。


 ビキン、と頭上で何かが軋む音を怜司は聞いた。


 一面のガラス張りのビルから降り注ぐ破片は刃になって、人命を考えていないように怜司へと容赦なく降り注ぐ。

 それを防ぐには、怜司はこうするしかなかった。


「いやはや、素晴らしい。レギオン・レイドには実に優秀な人材がいる」


 素直な賞賛と共に笑う怜司の周囲には紫色の雨が降り注ぐ。

 喰化グランとして構築していた分の刃は紫色の煙となって空へ昇り、小さな世界に雨を降らせる基となっている。

 その雨の範囲外にはガラスを変換した刃が無数に浮いていた。


 見抜かれた通り、ディアボロスは大剣の状態と雨を完全な状態では同時に使役出来ないのだ。


 恵の障壁を突破しようと思えば大剣が必要となるが、雨を絶やせばガラスの刃が降り注いでくる。

 つまり、怜司はこの膠着状態を突破できない。

 これだけの物質を操っているのだから消耗は恵の方が激しいだろう。

 これが命を賭けた勝負ならば、怜司はこのまま立ち竦んでいても時間が切れれば恵を殺せる。


「この戦いが終わるまで、貴方にはここにいて貰います」


「やれやれ、困った女性ヒトですねぇ」


 恵はこの重要な戦いにおいて、怜司を止めることに自身の全てを賭ける選択をしてみせた。

 同時にレギオン・レイドは怜司にそれだけの価値を見出したのだ。

 自身が評価されたことに対して複雑な気持ちを抱きながらも、怜司は対峙する彼女を一瞥して思考を巡らせる。

 恐らく、ここを容易には突破できまいと思考が告げる。


「まあ、いいでしょう。私に出来ることは全て終わっていますからね」



 こうして、この戦場で最も不毛かつ最も長い戦いは続くのだった。




 ―――戦いの開始より数十分経過。



 二つのコミュニティーがぶつかる戦場は混迷し始めていた。


 明璃、九重は脱落した上で怜司は動けない。

 楓人は未だに潜伏して姿を見せず、唯と渡は敵を求めて戦場を歩く。

 レギオン・レイドには渡と恵以外にも誰か強力な変異者がいるのでは、と以前から予測はしていた。

 今までのエンプレス・ロアはその条件を満たされれば、今の状況では負けるしかなかっただろう。

 本来なら、楓人が潜伏するという最大の戦力を手放す真似も出来なかった。


「どうやら、アンタの相手はアタシみたいね。どうでもいいけど」


 レギオン・レイドには予想の通り、もう一人の手練れがいる。

 赤みがかった長い髪、クールと言えば聞こえはいいが仏頂面を崩さない中背の少女は敵の一人と遭遇した。

 楓人達より少し年上には見えるが、冷たい空気がそう錯覚させるだけで実際は同年代かもしれない。


「オレの相手はお前かよ。どうでもいいけどな」


 どうせ初対面の相手だし、楓人にバレるリスクもなくなったので普段の口調で応じる柳太郎こと白銀の騎士。

 エンプレス・ロアにとって柳太郎の加入は戦術そのものが変わる程に大きい。

 楓人が担当していた白兵戦を代わりに背負ってくれる人材が現れたことで、楓人が必ずしも最前線で戦う必要がなくなった。


 そして、レギオン・レイドは開始時に、白銀の騎士が参加していることを知らずに戦いに臨んでいた。


 人数は確認したものの、メンバー表を交換したわけではない。

 参加者に誰が混じろうと開始の段階では敵には伝わらない仕組みなのだ。


「自分で言うのも何だが、オレはまあまあ強いぜ」


「そんなこと知ってる、アンタの能力もね」


 相変わらず表情を動かさない赤みがかった髪の少女を前に、柳太郎は早くも自らの能力を起動する。

 対する少女も、それに呼応するかのように具現器を呼び出した。


「———行くぜ、フォルネウス」


「———狩れ、ダリア」


 糸で構築された両腕に対抗して生み出されたのは、まるでガーベラの花のように赤い刀身を持つ日本刀に似た得物。

 主戦力が欠けつつある今、柳太郎がここで倒れるわけにはいかない。


「名前、聞いとこうか。オレは通り名しか言えねーがな」


「アンタは名乗らない癖に勝手ね。ま、いいけど。竜胆蓮華りんどう れんげよ」


 溜息と共に名乗った竜胆を相手に柳太郎は対峙する。

 出会った瞬間のひりつくような感覚から、柳太郎なりに敵の強さを肌で感じているつもりだった。

 目前の敵は侮れば一瞬でその油断を突ける実力を持っている。

 この戦いで勝利できるかは今後の勝敗にも大きく関わってくるだろう。


 わずか数秒の膠着と警戒を交換して戦いは始まった。


「・・・・・・よろしくな、竜胆ッ!!」


「・・・・・・馴れ合うつもりはないんだけど」


「そう寂しいこと、言うなって!!」



 ――—竜胆蓮華に対するは仁崎柳太郎、交戦開始。

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