第191話:戦局変動
渡の感じた違和感とは言い換えるなら簡単に尽き、謂わば殺気に近いもの。
さすがの渡も敵を目の前にしては天性の勘を発揮できず、エンプレス・ロアの仕掛けた策に真っ向から嵌ってしまった。
渡は今までの活動で確実に行いたいことには自ら動いており、それは短い間とはいえ交流があった黒の騎士はよく知っている。
そして、この戦いに参戦した時から九重は覚悟を決めていた。
役に立てるのなら、囮役だろうと構わない。
偽物だろうが本物だろうが、重要人物である黒の騎士を渡自ら潰しに来るはず。
唯の侵攻はコミュニティーにとって予想外だったが、明璃が自身の離脱と引き換えに逃がした燐花はただでは終わらない。
「・・・・・・ちいッ!!」
「喰らったね、それなら私の役目はここで終わりでいいよ」
具現化した爪が間に合ったものの、装甲に着弾した弾丸は二発。
加えて皮膚を掠めたものも二発、まともには喰らわなかったが作戦は成功だ。
「お前、最初から俺を釣る為にここに陣取っていやがったのか」
そして、同時に渡は今の攻撃をまともに喰らったことにより明確な不利を背負ってしまった事に気が付いた。
喰らったかすり傷の周辺が翠色に薄く輝いている。
傷口周辺に痕跡を残す為の弾丸だったのだと気付いても後の祭りだ。
これで、燐花はしばしの間だけ渡の位置を知ることが出来るようになった。
「・・・・・・いい作戦だ。お前も偽物なりによく戦った。戦いぶりに免じて相応に加減はしておいてやる」
「精一杯、足掻かせては貰うけどね」
そうして、渡相手に数分を持たせた九重は意識を失った。
数の上ではレギオン・レイドは一人も脱落してはおらず、エンプレス・ロアは明璃と九重の二人が戦闘不能になった。
意識を失った後は審判役の一人である城崎が保護し、念のために管理局の人間に預ける形式になっている。
脱落も城崎の方で把握しているので、連絡あるいは指定の位置にいる紅月を訪ねればわかる。
「あいつら、やってくれるじゃねえか・・・・・・」
まだ余力十分の渡は愉しげに笑うと指示を出す為の通信機を手にする。
このまま思い通りに動かされると負けが有り得ると嗅覚が告げており、こういったゲリラ戦術がものを言う戦いではエンプレス・ロアの方が強い。
だが、その戦術を支えている人間はもうわかっている。
しばし、エンプレス・ロアと交流がなかった時にも情報収集を怠らなかった。
「恵、敵の頭脳を潰せ。勝たなくて構わねえ、時間を稼げ」
自らの腹心に告げて、自らの為すべきことを果たす為に歩む。
本来ならば自分が赴く所だが、恵の力量は信頼もしているし時間稼ぎにおいては彼女の方が向いているかもしれない。
互いの指揮系統を封鎖した時に、作戦を立案して自分で戦線を立て直せる渡がいるレギオン・レイドの方が有利になる。
局所戦では黒の騎士単独で考えて動くが、大局を見るのは怜司であると渡は敵勢力の性質を正確に見抜いた。
―——そう、その指示故に。
「だ、そうです。奇遇ですね、私も貴方の動きを封じるべきだと感じていました」
「ふむ、私が全体の指揮を任されていると良く解ったものです」
「黒の騎士に入れ知恵をしている者の存在は明らかでしたが、実際に顔を合わせて見て確信しました。貴方は危険です」
何の縁か、組織のナンバーツーである二人は戦場にて既に対峙していた。
互いの具現器は既に姿を現しており、恵が腕輪を煌めかせれば怜司は紫色に輝く小剣を構えて見せる。
今までの情報から、互いの能力は大まかには把握できている。
怜司は一定範囲への変異者の力を減退させる雨を降らす能力、対する恵は周囲の物質の性質を力に変換できる。
恵に関する前回の情報では基本戦術では遠距離からの牽制が主体の戦い方で近距離の破壊力はさほどでもない。
一見すると怜司の方が相性が良いと見えがちだが、実際はそうでもないと思い直していた。
こと、時間稼ぎに回られれば有利は不利に変わりかねない。
そして、動いたのは同時だった。
周囲のボルトが幾つも浮かび上がり、一つの塊となって怜司を穿つ。
歪で巨大なボルトが獲得した能力は“貫通する能力”だと、躱した後で地面に深く潜り込む異物を見た怜司は判断する。
本当ならば恵の能力を弱めて、物質への干渉を防ぐのが早いのだがそうもいかなかった。
「貴方程の相手に何の対策をせずに臨む私ではありません」
「それは素晴らしい心掛けです。私も見習わねばなりませんか」
操るは鉄骨とガラス、それらの複合された亀の甲羅を思わせるフィールドが彼女を囲んでいた。
恵の物質への干渉は彼女の認識によって変化する。
鉄を“硬度がある”と認識することで防御にも使用可能で、“刃物として使用する”と認識すれば攻撃に転用する。
変異者の中で認識は重要な要素で、認識次第で如何様にも在り方は変わる。
怜司の雨を封じながら一方的に攻撃を仕掛けられる、怜司の物理的破壊力がさほどでもないと考えての作戦だろう。
予想以上に怜司達の情報はレギオン・レイドに渡ってしまっているらしい。
しかし、その程度で詰みを確信するのはあまりにも早い。
「それで勝ったと思うのは驕りが過ぎるというものですよねぇ」
怜司はどこか渡と似た獰猛な笑みを浮かべる。
彼女が力を振るうに値する強敵だと改めて認識し、少しばかり力を込めた所で折れる相手ではないと悟ったのだ。
早期決着と長期戦のいずれを選択するかで、能力的にも双方の有利不利は大きく変わってくる。
故に怜司が選ぶべきなのは前者しかなかった。
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