第190話:予想外

 唯にとっても完全に予想外の連携だったのは間違いない。

 威力も唯の防御込みでも申し分のないものだったのは互いに認める所だ。

 高い性能を誇るインドラが二つ重ねれば、並みの具現器では太刀打ちできない範囲と制圧力を誇るのは足し算で理解できよう。


 単純に勝敗を分けたのは、唯が一瞬早く違和感に気付いたこと。


“九重若葉の能力が複製だ”と意識し直した一点のみで勝敗はひっくり返った。

 生まれた一瞬で放たれた最初の雷に対して、後ろに跳んで時間を稼ぎながら彼女は切り札の内一枚を切る。


 今までの反発リアクティブは簡単に言えば、居合の要領で前方への加速と破壊力の向上のみを目的としていた。


 この距離ではいかに強化された一撃でも二人には届かない、そこまで読んで明璃と九重は攻撃を仕掛けている。


「——―反発解放ディスペル


 彼女の意識に本能的に刻まれた具現器アバターの機能は、主の意志と言葉でトリガーを引かれた。手を動かせ、と脳から命じられて容易く手足が動くようにセイレーンは力を主に委ねる。

 構え自体は同じように見えたかもしれないが、有する能力はまるで別物。


 唯の周囲にわずかに青白い輝きが走ったのは一瞬。


 振るわれた刃はまるで音波の如く、周囲に光を撒き散らす。


「えっ・・・・・・?」


 明璃は驚いた顔で周囲を見渡すことになる。

 唯が一閃を放った時から、インドラの結界は跡形もなく消し飛んでいたのだ。

 しかし、能力そのものは無効化されていないと明璃は冷静に判断して再度の展開を開始して立て直しを図った。

 九重の具現器アバターが、そのまま存在していることがその証明。


「もう遅いよッ!!」


 今まではリソースを回避に割いて様子見していた唯が、安全を確信して全力で前へと突っ込んでくる。

 その敏捷さと速度たるや、接近戦では明璃に対抗できるものではない。

 刃を横たえて殺傷力を落とした一撃は容赦なく明璃の腹を撃ち抜いていた。


「・・・・・・こ、ほッ」


 背後の壁に叩き付けられ、明璃は呼吸が止まりかけたのを深呼吸で何とか復帰させて唯の動向を必死でうかがう。

 飛び掛ける意識を膝に爪を立てて堪えるが、戦闘が満足に行えるかは難しい。


「み、水木さん・・・・・・!!」


 九重が駆け付けるも純粋な一対一になれば勝ち目はない。

 増してや、二対一の構図を崩されて動揺した彼女では勝負にならない。

 明璃のインドラを複製したことで、以前からストックしていた柳太郎のフォルネウスを手放した影響は防御面で出ている。


「・・・・・・反発せよリアクティブ


 今度はただの速度と破壊力を向上させた一撃。

 身を沈めた体勢から繰り出される至高の居合に対し、九重はアスタロトの装甲を展開して備えを間に合わせた。

 それでも、耐久で劣る偽物の装甲では唯の一撃は防げない。



 しかし、この場の優劣を理解したのは九重だけではなかった。



 振るわれた一閃は確かに九重を捉えたが、右腕装甲の一部を破壊されながらも九重は容易く立ち上がる。

 なぜ、まともに反発リアクティブを受けながら簡単に立ち上がれたのか。

 その答えは少し離れた場所で倒れ伏す明璃にあった。


「へえ・・・・・・まだ、戦えたんだ」


 渾身の一撃で唯の意識を逸らした明璃は辛うじて呼吸を取り戻し、九重に目線を向けて真横に腕を上げた。

 ここで脱落するのは自分だけで充分だと、明璃は九重に大声は出せないながらメッセージを送ったのだ。


「ナイスファイト、今回は運が良かったかな」


 相手の執念と健闘を心から称え、唯はセイレーンを横たえた。

 例え満身創痍だろうと目の前の敵は必死で喰らい付いて来るだろうし、振り切れたとしても覚悟を示した相手に向き合わないのは野暮だ。


 結果的にここで明璃は意識を失い、勝者は唯だとしてもだ。



 ―――そして、逃亡した九重の先には更なる試練が待ち構えていた。



 アスタロトの姿を取って、ビルの合間を駆け抜ける九重。

 まだ役割があると信じて明璃は彼女を逃がしたのだから、戦況に関わる役割を果たさなければ終われない。


 そんな意志を打ち砕かんと目の前には影が立ち塞がる。


「何だ、お前・・・・・・やっぱ偽物の方かよ」


 獣めいた威圧感、人を束ねるに相応しい理知を含んだ瞳。

 この戦いは楓人か渡を倒すことが勝利条件であり、いかに強大な戦力である両軍の大将を使うかが勝敗の鍵だ。

 しかし、それはあくまでも敵の戦力を削いでから講じるべき策のはずだ。


 こんな序盤で敵のリーダーが出て来るのは普通は予測できない。


「どっちでもいいがな。偽物と本物が同時に存在してるのは厄介極まりないんでな。俺自らが潰しに来てやったぜ」


 九重の実力は決して低くない、故に確実に潰す為には唯だけでは足りないかもしれないと渡は自らの出陣を選択した。

 どうして九重の場所を正確に把握できたのかは謎だが、今はここでどう上手く立ち回るかに全てが掛かっている。


複製フェイク、アスタロト」


「本物でも俺を相手にするのは容易くねえ。増してや、偽物じゃどう使おうが同じことだ」


「それはわからないんじゃないの?あと、油断しすぎだよ」


 九重は同時に複製を発動させることも可能で、それこそが彼女の真価。

 漆黒の騎士の鎧を今は出来るだけ強化し、先程に明璃から受け取った意志を形にすれば新たな力が生まれる。

 漆黒の力を纏いながらインドラの結界を展開すれば、近距離と中距離を併せ持った戦法が可能だ。

 どちらも本家には及ばなくとも自分だけの戦い方を生み出せる。


「成程な、二つ同時に使えるっつーことか。だが・・・・・・そんなもんかよ!!」


 渡の振るう爪は空気を抉るが如く大気を揺らす。

 インドラの範囲にいる不利を意にも介さない、ただ攻め続ける姿は冷静な渡とはかけ離れているように思えた。

 雷を驚異的なまでの勘と身のこなしだけで躱し、一撃を淀みなく叩き込んでくる男に対して九重は自らの敗北を悟る。


 消耗している上に不完全な今の自分ではこの男には及ばない。


 だが、そんなことは最初から解り切っている。


複製フェイク・インドラ・・・・・・アスタロト!!」


 量が絶対的に不足する黒の風と破壊力で劣る雷を駆動して、九重は自らも漆黒の槍を掴んで疾駆する。

 そんな最後の猛進も渡の前ではわずか三秒程度の足止めにしかならない。

 唯の一撃は不完全だったとはいえ、彼女を明確に消耗させていたのだ。


 わずか三秒、最後に剣と爪の競り合いに持ち込めただけで仕事として十分だ。


「作戦通りってね・・・・・・!!私はここまでみたいだけど」


「何だと・・・・・・?」


 怪訝そうな顔をした渡だが、その瞬間に違和感に気付いた。

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