第189話:偽雷

 明璃は変異者の経験がエンプレス・ロアで最も浅い。

 それでも、中距離戦に特化した指輪型の具現器アバター・インドラの明確な弱点は彼女自身も嫌と言う程に知っている。

 具現器アバターの形状が武器の形をしている、特に刃物型であることはそれだけで大きなアドバンテージだ。


 能力を起動しなくても身を守れる、攻撃に転じることができるからだ。


 明璃の場合は接近されれば雷で拒否して、回避行動を取るしかない。

 故にこの場で偽物とはいえ、黒の騎士が共に戦ってくれるのは有難い。


「それじゃ・・・・・・複製フェイク、アスタロト」


 九重若葉は怜司の戦い以降、能力が微かに変化したと事前に明かした。


 今までよりも複製時の能力を自由に力を応用できるようになったのだ。

 それが、相手から得たものをなぞるだけだった彼女の成長。

 変異者自身である具現器アバターは精神の大幅な変化によって、その力も引き摺られて変化させることがある。

 結局の所、身に余る力をどう使うかは己の意識・心次第なのだ。


「九重さん、前は任せていい?」


「うん、どれだけ持つかわからないけどね」


 二人は同じ大学ともあって決して仲も悪くない方だ。

 九重が唯の攻撃を耐えて明璃がその隙を突く布陣ある限り簡単に突破できる連携ではない。


 その堅牢さを理解できない唯ではないが、それでも彼女は不敵に笑う。


「殺しちゃわないようにーとか、気にすると縮こる時はあったんだけどさ。ウチのリーダーとカイトくんがいるなら平気だよね」


 黒の騎士と同じく、殺人を禁ずるルールがあるが故に全力で戦おうとしている人間がここにもいる。

 天瀬唯は紅月の主張に賛同しながらも、罪なき人間や罪の軽い人間を安易に殺せる程に心を捨てていない。

 相手が死なないなら普段のセーブされた全力以上の力が発揮できる。

 それだけ彼女はコミュニティーのメンバーの力量を信頼しているということ。

 唯の体勢が低く沈むのを見て、九重と明璃は身構えた。


 反発リアクティブと彼女が呼ぶ技術は、斬撃の破壊力と範囲を飛躍的に向上させる。

 それを受ける可能性があるのは九重だけだが、唯がむしろ明璃の方を警戒しているのは明らかだ。


 唯はアスファルトの地面をざりっと踏み締めて侵攻を開始する。


 この三人の中で身体能力は唯が最も高いことは明らかで、速度で接近して攻撃を仕掛けられれば二人がかりだろうと関係ない。

 防御が間に合わないのなら、二人でも三人でも結果は同じだ。


「・・・・・・あ、ぶなッ!!」


 しかし、何かを直感した唯は膝を曲げて跳躍を堪えると真横に飛んだ。

 そのまま何も考えずに前進すれば危険だと判断し、少し先の空間がわずかに放電する様子を眺めた。

 彼女とて歴戦の猛者であり、決して前に突き進むだけが能ではない。


 明璃の能力は“二対一になった状況において厄介だ”と踏んで注意していた故に見えた脅威だ。


「エンプレス・ロアの皆から聞いてた通り、かなり注意してかからないとダメみたいだね」


「そっちのコミュニティーって、皆それぐらい強かったりする感じ?」


「私が変異者としては一番不慣れなのは間違いないよね」


 互いに考えていることは同じなのだと理解していた。

 この相手は一筋縄ではいかない、それはお互い様なのだろうと。

 九重は全力で明璃を護衛し、インドラが持つアドバンテージを保たせる。

 そして、身の安全が確保された明璃は既にこの空間を掌握しつつあった。


 インドラの能力は一定範囲を『雷に近い現象を発生させる空間』とすること。


 その影響を受けにくい場所に九重は陣取り、同時に範囲外に唯を逃がさないように先回りして動く。

 例え少し踏み入った所で、黒の騎士の力を強く発現している九重はそう簡単に傷付くことはない。


「へえ、いいコンビじゃん・・・・・・ちょーっと手こずるかもなー」


 唯はゆっくりと息を吐くと己の内側にある油断を全て吐き出した。

 エンプレス・ロアの人間はそれなりの実力を持っていると知っていたはずなのに、知らずに侮り慢心していた自分を戒める。唯の変異者としての能力が高いにしてもだ。


 彼らの覚悟を侮辱してしまった、思い上がるのもいい加減にしろと己を叱責して難敵を再び見据えた。


「……まずはあっちを何とかしなきゃだよね」


 唯は九重に目を向けると入れ替えた呼吸を力に変えて跳ぶ。


 漆黒の槍を具現化した九重は火花を散らして氷刃を受けるが、セイレーンの刃は鍔迫り合いが長ければ長い程に相手の機能を凍結させる。

 押せば鍔迫り合いが長くなり、退いても唯はその隙を逃さない。


 対して九重は凍結されかかった槍を漆黒の風へと戻し、再度の構築を行う。


 その速度は本家のアスタロトには及ばない、隙を見逃さずに唯はビルの壁を蹴って再度の強襲を試みた。

 機能が失われかけた段階で一度は風に戻せば、アスタロトは武装を失うことなくセイレーンの凍結に対抗できる。


 辛うじて間に合う槍の構築で攻撃を弾くも、何度か繰り返せば唯が勝つ。


 そうじゃない、本当にそれだけで終わりなのか。


 唯はここに来て、彼女の能力を見誤っていた自分に気付く。

 九重若葉の能力は本来は模倣であって、アスタロトではない。

 最初から黒の騎士の姿を模倣して現れたことで、自然とその固定観念が頭に刻まれてしまっていたのだ。


 模倣の対象は、アスタロトだけではないはずだ。


複製フェイク……インドラッ!!!!」


 同時に存在するはずのない力はその領域の範囲を拡大し、雷を集結させる。


「やっちゃえ―――」


「―――やって、インドラ」


 唱える呪文は九重と明璃、二つのもの。

 翠に輝く二つの雷は従来の破壊力を超え、唯に向かって容赦なく放たれた。

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