第188話:拠点戦開始



 二日後の夜、変異者にとっては大きな意味を持つだろう戦いが幕を開けた。



 エンプレス・ロア側からは楓人、カンナ、怜司、燐花、明璃、彗、柳太郎の七名が参加して主戦力となる。

 最大人数は十名だったので少し傘下から補強を入れはしたが、主体的に戦ってもらうのはその中の一名のみ。

 唯の協力が得られれば一番だったのだが、それは出来なかった。



 天瀬唯は、レギオン・レイド側で参戦しているからだ。



 理由を聞いても今回だけは味方できないと謝られて無理強いも出来なかったが、燐花はえらく腹を立てていた。

 元よりスカーレット・フォースの協力はハイドリーフの件が解決するまでの一時的なものだったので責める資格はない。


 何にせよ、敵側で判明しているのは渡と恵を入れれば三名。


 向こう側にはエンプレス・ロア側の主要戦力の具現器アバターをほぼ全て知っているというアドバンテージがある。

 燐花と明璃は恵と共闘し、怜司も相手メンバーの足止めに具現器アバターを使ってしまっている。

 楓人と柳太郎は言わずもがな、完全に知られていないのは彗だけ。


「それじゃ、正々堂々と戦い抜こうぜ」


「ああ、勝負から逃げるんじゃねぇぞ」


 黒の騎士の装甲を纏って素性を隠す楓人と渡は、エリア中央に位置するビルの屋上で軽口を叩き合う。

 どちらも相手を殺す為ではなく、純然たる決着を望んでいた。


「では、後は俺の方で預かろう。楽しみにしているよ」


 そして、そこには審判役を務める紅月の姿があった。

 紅掛かった髪、線が細いが異様なまでに整った顔、柔和な雰囲気を保つ紅月は踵を返して己の役割を全うする。

 管理局の人員もこの場には来ているし、問題なく戦いは進行するだろう。


 この四方が数キロにも届かない空間で戦いは始まった。



「……いよいよ開始、か」



 楓人は最初の持ち場へと戻り、管理局から発信される開始の合図を携帯デバイスで受けた。

 作戦は決まっているが、この戦場では臨機応変な対応が求められる予感がある。遠目にも林が多く、高いビルは数える程しかない。

 人口の少なさからか住宅はさほど多くは見えず、ショッピングモールの類も小さなものしか存在しない。

 そして、黒の騎士はすっかり慣れてしまった夜の闇を疾駆した。


 向こうにはないアドバンテージがこちらには複数存在する。

 レギオン・レイド陣営は混乱に陥るだろうが、そこで適切な対処を出来る器量が渡にあるかどうか。



「出来るだけ時間を稼いでくれよ、黒の騎士ニセモノ



 そう、この戦場には黒の騎士が二人いる。


 選出できるのは十名、他のコミュニティーの者も参加可能。

 楓人側の陣営には一人だけ、別の団体に属する人間が含まれる。

 ここから楓人は身を隠し、渡の居場所を探ることに徹するのが理想だ。


 いわば影武者戦法を使うのに、九重若葉の具現器アバターであるミラージュヴァイトは非常に有効だった。


 ハイドリーフを混乱に陥れた唯一無二の複製能力に加えて、楓人や怜司ともそれなりに戦い抜いた実力も評価できる。

 今回は重要な戦いだということで、九重にも協力を依頼した。

 今の彼女であれば不用意に人を傷付けようともしないだろう。


 同時に楓人達にはもう一つのアドバンテージが存在する。


 それは、雲雀ひばりカンナが楓人の信頼する相棒だと知れていることだ。

 相手には唯がいるので、カンナがコミュニティーの中でも特別な存在であることは渡も知る所だ。


 実際にはカンナは楓人と一緒に行動するしかない。


 だが、渡の頭には楓人の相棒の少女が一向に姿を見せない事実への警戒心が常に刻まれる。

 一方の黒の騎士が影武者と勘付いたとしても、楓人とカンナを捕捉できない限りは警戒を怠れない。

 いかに優れた人材がいようとも後手に回らざるを得ないのだ。


 後は燐花に上手く力を発揮して貰えば、渡を発見して追い詰める所まで行けるかもしれない。


 そして、楓人が身を潜めつつ敵陣営に侵入した頃。



 ―――その燐花に刺客が差し向けられていた。



 何の因果か、二人の少女は小さな廃ビルの真下の街路にて出会った。

 天瀬唯と菱河燐花はついに正式な場で対峙することになったのだ。

 意見も気性もぶつかることは以前からあったが、色々と思う所はありつつも会話することも多かった二人。

 決着をつけるのは燐花とて望むところだった。


 しかし、今はまだその時ではない。


 燐花はこの戦いにおける自身の重要性を正確に理解している。

 敵の大将を仕留ることしか決着方法が存在しないのなら、まずは渡の居場所の特定が最重要事項だ。


「ちょっと、何で逃げちゃうわけー!?」


 互いの距離は数十メートルばかり。

 燐花はビルの螺旋階段に飛び付き、壁を蹴り、窓枠に手を掛けて室内に身を躍らせ、とにかく直線を唯との間に作らない。

 接近戦になれば、今はまだ勝ち目がないのだから。


「後で……たっぷり相手してあげる、わよッ!!渡の指示でしょ!?」


「この辺を探って戦えって言われただけだってば!!」


「……とんでもないわね」


 互いに並外れた身体能力と体力で風を切って町中を走る。


 飛鳥あるいは獣のように身軽な二人はビルからビルへと跳ぶ。

 渡は開始から十分程度しか経過していない状況で、敵にとって重要な場所を見抜いたのだ。

 低いビルが密集していて、一見すると潜伏には向かない区画を狙ってきた。

 探知に近い能力を持つ唯は、近付けば燐花を捕捉できるので人選も完璧。


 戦うなら自分の役割を終えてから、と判断できるクレバーさを燐花は持つ。


 探知を済ませ、明璃や怜司と合流する矢先の遭遇に対処できるはずもない。

 具現器アバターなしで突っ込んで来た唯は、探知の精度でも拾い切れなかったのだ。


「ってことで、頼んだわよッ!!」


 翠色の輝きと共に双銃の具現器アバター・ホークアリアが風の弾丸を放つ。

 唯は身軽に飛び上がって躱すも直進の速度はわずかに落ちる。


 そこに……。


「やって、インドラ!!」


 眩い光と共に不可解な雷が降ってきた。


 別の敵が燐花を逃がそうとしたのだと瞬時に判断し、唯は仕方なく獲物を追うのを諦めて周囲の気配を探った。

 だが、探るまでもなく敵の姿は路地の先へと現れる。


「燐花はやらせるわけにはいかないから。諦めて貰うね」


 先程までは楓人の護衛に当たっており、雷の残滓を纏う明璃。

 しかし、燐花が逃げる際に誘導した方向に、もう一人の仲間が待機していた。


「……まぁ、そういうことだね」


 無言で足を進めてきたのは黒の騎士、に見えるが唯の能力ならば看破する。

 それを事前に知っている九重はあっさりと偽物であると暴露してみせた。


 他の戦場から黒の騎士を狙って敵が加勢して来ても手は打ってある。


「二人がかりかぁ……。ま、いっか!!」


 唯は気を取り直したように透き通った美しい刃、セイレーンを瞬時に具現化して体勢を整える。

 これが最初の戦い、早くも戦況が予想外の方向に大きく動く。


 ―――天瀬唯に対するは水木明璃、九重若葉。

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