第193話：飛沫の剣
柳太郎の能力で秀でるのは中距離での行動の自由度だ。
相手の体躯を拘束して動きを封じてもよく、黒の騎士を相手にした時のように力で叩き潰すことも可能だ。
攻撃の無力化を体得した白銀の騎士は、余程の者でなくば歯が立たないだろう。
相性によっては敵を完封できるのに極端に苦手な相手もいない。
常に安定した力を発揮する一点において、彼は黒の騎士を凌ぐ。
そんな白銀の騎士とて、竜胆の
わずかに赤みがかかった黒髪の少女を前に柳太郎は攻めあぐねていた。
鮮血めいた紅き剣を両手で握って正眼に構え、柳太郎の一挙一動を監視する彼女相手に迂闊に踏み込むのは愚策･･････なのだが。
「ま、ここで足止め喰らうのも嫌だしな」
ため息と共に割り切り、柳太郎は覚悟を決めるしかなかった。
手を振って合図するだけで、フォルネウスの右腕は今いる道路沿いの公園の地面を狙って叩き潰さんと迫る。
恐らく彼女が攻めて来ないのは、待てば優位になる手段を持っているからだ。
振るわれたのは目にも止まらぬ紅の一閃。
フォルネウスの腕を躱しながら、横から叩いて軌道をずらす。
そのまま淀みない動作で前進、白銀の騎士目掛けて疾走する。
「･･････へー、やるねえ」
だが、待ち構えるはもう一つの腕と白銀の騎士本体。
この敵が
フォルネウスの腕を
紅の刃が花のように柳太郎の目の前に咲いた。
「ッ、なん、だ･･････っ！？」
辛うじて糸で自身の体勢を強引に崩して転がると再び跳ね起きる。
突破されるはずがない壁の向こうから突きが貫通してきた、正確に言えば壁を掻い潜って斜め下から有り得ない突きを喰らった。
「よく躱したね。それ完璧に避けたのアンタが二人目」
躱されたことが予想外だったのが、意外そうな表情を薄っすらと見せながら再び鮮血色の剣を構える。
真横に転がって軌道を見ることが出来たお陰で、柳太郎はそのカラクリを把握しつつあった。
「そうかよ、そりゃ光栄だな。どういう仕組みなんだ？」
それには答えずに斬りかかった竜胆は剣を真っ向から叩き付ける。
あろうことか柳太郎はフォルネウスの腕を自ら消すと、白銀の剣を振るって竜胆の剣をあえて自らが視認できる状態で受けた。
そう、ここから彼女の力は真価を発揮する。
打ち下された剣が白銀の得物に触れた瞬間、まるで血が噴き出すように前方へと不自然な飛沫が舞う。
湖面に鈍器を叩きつけたかの如き飛沫は空中を舞い、紅に透き通る鋭利な結晶へと実体化して敵を襲う。
その数は飛沫の多さに対応するようで、現実に舞う結晶の刃は六本。
だが、柳太郎は何の備えもなしに大きなリスクを負いはしない。
何かしらの特殊な斬撃を予測していた柳太郎は、後ろに跳び下がりながら、糸の結界で強引に飛沫の刃を弾き飛ばした。
「ようやく見えたぜ。随分と厄介な能力じゃねーかよ」
「･･････それはそっちも同じでしょ」
最初の攻撃で竜胆はフォルネウスの腕の後ろに身を潜めた柳太郎の動きを読んで、飛沫のみで敵を狙ったのだ。
つまり、十分に速い彼女の剣が振り終わってから来る、飛沫による連撃も警戒しなければならない。
振るう刃と、振った先でもう一回。
常に警戒を強要する彼女の能力に真っ向からの手数で敵う者は、変異者多しと言えど相当に限られる。
「･･････こりゃ、参ったなぁ」
柳太郎ですらどう戦うかを迷う程に、竜胆蓮華の戦術は単純かつ強力だ。
「ねえ、一つ聞きたいんだけど」
「あー、何だよ。オレに興味でもあんのか？」
だが、不意に竜胆は剣を構えたままで口を開く。
攻めあぐねていた柳太郎にとって、時間を貰えるのは願ったり叶ったりなので思考を巡らせながらも快く頷いた。
「いや、アンタには微塵もない。ただ、アンタがどうしてそっちの陣営にいるのかに興味があるだけよ」
「そこまで言わなくてもいいじゃねーか。理由、ねえ･･････」
自分の中に確かな理由があるのは間違いない。
あえて語るとするなら、楓人との関係性に言及しないように配慮は必須なので内容は限定的なものになる。
それでも、戦う理由はとっくに定まっている。
「考え方が、変わったんだよ」
「･･････なに、それ？」
黒の騎士が真島楓人でなければ、この先も“敵でなく味方でなく”の立場を保ち続けるのは十分に有り得た未来だった。
だから、今までの自分を貫くか親友に協力するかで揺れる自分の気持ちをはっきりさせたくて楓人と戦ったのだ。
「あいつが願うなら、実現させてやってもいいと思ったんだよ」
楓人のことは親友だと心から思っている。
楓人が大災害で苦しんだことも、立ち直るまでにどれだけ悩んだかを柳太郎なりに見てきたつもりだ。
大災害で地獄を見た楓人が立ち直るだけでなく、歪まずに真っ直ぐなままで成長したことを柳太郎は心から尊敬していた。
柳太郎は過度に遠慮されることを恐れ、周りに家族が亡くなったことさえも話せなかったから。
認めた
最初は黒の騎士のことも強い力を持った故に、理想を掲げるヒーロー気取りだと考えたこともあった。
しかし、黒の騎士が楓人だと知った時に全てが繋がった気がしたのだ。
彼が苦しんだ果てに出した答えが何だったのか。
どれだけ本気でエンプレス・ロアのことを考えているのか。
人が人を心の底から信じるには長い時間が必要で、正体が割れたことでその全ての問題は解消された。
見ず知らずの人間の考えよりも、親友の考えを支持したいのは当然の心理。
そして、親友が黒の騎士として戦ってきたことを完全な形では気付けなかった自分を恥じた。
だからこそ、今は強く思うのだ。
完璧でなくてもいい、楓人が出来ないことを出来る自分になろう。
これから先も対等である為に、力になってやる為に。
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