第185話:向き合う強さ


 その動機自体は楓人も話を簡単に聞いていたので知っている。


 だが、彼女が抱えている闇をここまで詳細に聞いたのは初めてだった。

 大災害から誕生した変異者達は多くの者が何かを失って生きている。

 家族や仲の良かった知人を、あるいは友人を。

 燐花の場合は彼女は何も悪いことをしていなくても家族と疎遠になった。


 それに何と言葉を掛ければいいか、楓人はしばし迷う。


「ごめん、変な話しちゃって。こんな話聞かされても反応に困るわよね?」


「いや、話してくれてありがとな。それで・・・・・・何て言ってきたんだ?」


「今度こっちに帰ってくるか、食事でもどうかって話。あたしのことを化け物みたいに扱っておいて、今更になって何を言ってんだか」


 吐き捨てるように告げる燐花の気持ちを想像程度はできてしまう。

 親だけは味方になってくれると信じて、それを裏切られた気持ちは楓人には本当の意味では解ってやれないかもしれない。


 それでも燐花の気分を害すかもしれなくても、言葉にしなければと思った。


「無責任かもしれないけど・・・・・・俺は、会うべきだと思う」


「・・・・・・それ、本気で言ってるわけ?」


 燐花の険しい目線が刺さるも楓人は真っ直ぐに目を逸らさない。

 余計なお世話だろうと思いながらも、これは燐花が失ったものの一部を取り戻す最後の機会かもしれないのだ。


「冗談でこんなこと言うか。別に強要はしないけど、お前が望んでたものを手に入れられるかもしれないんだぞ」


「まあ・・・・・・そうかもしんないけど」


 また裏切られたらと尻込みしてしまう気持ちはわかるし、楓人が彼女の立場でも同じことを思うだろう。

 だが、本能的に娘の力を恐れながらも燐花のことを母親が愛しているとしたら、どちらの為にもならない。

 それを見極める為にも、会わない選択は燐花自身の後悔になる気がした。


 もう変異者が自分の人生を後悔するのは十分じゃないか、と思うのだ。


「本当に嫌なら会わなくていい。怖いならウチのカフェに呼んでもいい。でも、最終的に決めるのは燐花だからな」


「怖いとか、そう言うワケじゃないわよ」


 拗ねたような顔をするが、付き合いも長い楓人は強がりだと見抜く。


「別に恥ずかしいことじゃない、怖くて当然なんだよ。コミュニティーは怖いとか寂しいとか、そういうものを素直に吐き出せる場所でいいんだ」


 変異者が前に進むには、自分の弱さと向き合う必要がある。

 それは本当に辛い行動だと楓人も知っていて、父親と疎遠な自分がまだ関係を修復していないことを忘れてもいない。

 完全には理解できなくとも似た辛さが胸にあるから焼くお節介だ。


 失ったものが戻ってくるなら、掴み取る権利が燐花にはある。


 燐花は色々な感情がごちゃまぜになった楓人の顔を呆然と見返す。

 そして、仏頂面を崩すとくすりと笑った。


「ふふっ、そういえば楓人ってそういうヤツだったわね」


「いや、どういうヤツだよ」


「人の為に本気になれるってこと。ずっと近くで見てたカンナが惚れるわけね。その気持ちに対してはあんまりいい対応じゃないけどさ」


「・・・・・・おっしゃる通りだよ」


 抱えている痛い所を突かれて、押し黙る楓人。

 だが、燐花はどこか肩の荷が下りたように表情で言葉を紡ぐ。


「自分でも面倒臭いと思うけど、あたし・・・・・・会ってみろよって誰かに言って欲しかったかも」


「まあ、して欲しいことって素直に言いにくいのはあるよなぁ」


「会ってどうなるか分からないけど会ってみる。それでさ、情けないんだけど楓人も一緒にいてくれない?」


 頬を微かに染めて燐花は素直に自分の弱さを口にする。

 そうやって頼られるのは嬉しいと感じると同時に断る選択肢はない。

 理想に共感してくれたメンバーの為に力を尽くすのは、リーダーである楓人にしか出来ないことだから。


「おう、それぐらいはお安い御用だ」


「ありがと。あんた、やっぱりいい奴よね」


「お前に素直に誉められると何かむず痒いな」


「そうだった?何だかんだで、あたし・・・・・・このチームエンプレス・ロアに入って良かったって本気で思ってるわよ」


 顔に乗った感情は金銭の為に入った時の彼女とは違って充実したものだ。

 その言葉を聞けたのなら、楓人はいくらだって燐花の為にも戦える。


「さて、紅茶飲んだら戻るぞ。皆も待たせちまったしな」


「・・・・・・大事な話し合いの途中で悪いことしちゃったし、謝っとくわ」


「そこは、お待たせでいいんだよ。待たせた分は特製コーヒーでも御馳走するさ」


 そして、冷めてしまった紅茶を飲むと二人はカフェへと戻る。

 まだ燐花の問題は解決はしていないが、前に進む覚悟が出来たのなら楓人も全力で支えるだけだ。


 誰一人として、長話をしたせいで待たされたことを責めなかった。


「お疲れさん、何とかなったみてーだな」


「お前のお陰だよ。個人を大事にするのと相談に乗らないのは違うよな」


「外からだとよく見えるもんだ。オレだって失敗挙げりゃキリねーし、お前は上手くやってるよ」


 肩を竦める柳太郎だが、要領という方向では楓人では及ばない男である。

 誰とでも話せて、相手に合わせた会話が出来るコミュニケーション力お化けの一人の柳太郎は情報収集も容易だったはず。

 たった一人で様々なコミュニティー相手に立ち回ってきた器用さは伊達ではないということだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る